肌寒いな、と少しだけ身震いした後ふと教室の窓から見上げた空からは静かに雨が降っていた。真っ白な空から後から後から止むことのない雨はだんだんと地面や木々を濡らしていく。(降りそうだな、とは思っていたけれど)眠気覚ましに暫く窓越しの景色を見ていたらふと、視線を感じて。ちらりと横目で隣を見ればいつのまにか彼も窓の外を見ていた。このぶんじゃ外での練習は出来そうにないけれど、厳格な野球部だから中で練習があるんだろう。ぼんやりと景色を眺める彼の黒い髪がしっとりとしたこの空気のせいかいつもより綺麗に見えてそっと目線を外してまたあたしも空を見上げた。 * 今日も一日が終わった、という何とも言えない充足感とともに席を立つ。雨のせいで少し肌寒いのがちょっとだけ嫌だけど、もう帰れるんだから。凝り固まった首をほぐすように左右に傾けながら教室をでる。いつも一緒に下校している友達は生憎本日は休み。雨の日に一人で歩くのも風情があってなかなかいいかも、なんて考えながら廊下に足を進める。 通り過ぎる教室はどこもまだHR中のようであたしのいる廊下だけ隔離された空間みたくどこか不思議な感じがする。 (折りたたみ、持ってきてよかった) 家を出る前に持っていきなさい、と渡された雨から身を守るには少し小さめのそれも無いよりは全然ましだ。誰もいない昇降口で靴を取り出してもう一度空を見上げる。さっきより雨音が強まっているのは気のせいだろうか。(はやく帰ろう)閉まっていた昇降口の扉を大きく開けて傘を広げた瞬間に聞こえた、声。 「・・さん」 傘を差し出した格好のまま首だけで後ろを振り返ればそこには降谷くんがいた。 「あ、降谷くん。どうしたの?」 部活に行くのだろうか、と一瞬思ったけれど彼は身ひとつで。あたしがそう問いかければ彼じっとこちらを見つめて、そのまま動きを停止してしまった。でも、あたしにはわかるよ。彼のこの表情は何かを言おうとしていて、でも少し躊躇っているような照れた顔なんだって。だから彼が口を開きやすいように今一度「ん?」と微笑みながら聞いてみる。 「・・・・・・」 あたしと彼の視線がぴったり合わさって、相変わらず雨の音と身を過ぎる風はどこか冷たい。それに少し身震いをするとそれが引き金になったように彼の身体がゆっくりとこちらに近づいてきた。あたしの隣、ほんの数センチ先に立った彼はあたしと視線を合わせたまま一瞬躊躇って、それからゆっくり腰をかがめた。 ふと瞬間的に近くなる彼の匂い。それを確認する前にあたしの唇は彼の柔らかい唇にそっと覆われていた。(う、わ)あんなに激しく聞こえていた雨の音なんて少しも耳に入らない。あたしはただ、手の中にある折りたたみを辛うじて握っていただけ。ちょっとだけ合わさっていたそれは彼の匂いと共にゆっくり遠ざかっていく。 「じゃあ、気をつけて」 いつもよりちょっとだけ優しく聞こえた彼の声(いつも充分優しいけど!)。それに頷く間もなく彼は元来た道を戻っていく。だんだん小さくなる彼の背を自然と視界に収めながら、地面を打つ雨音もあたしの耳に音を再び届けだした。 (男の子の唇って柔らかいん、だ) もう見えなくなった彼の背中。いつのまにか温かくなっているあたしの身体。手の中にある小さな折りたたみ。そっと外に足を踏み出して。(今ならあたし、傘なしで歩いて帰れるくらいだ)内側から心臓が柔らかく脈打っているのに手をあててひとつ呼吸を零す。明日彼に会うのが少しだけ怖くて、でもきっと会ったら彼に対するスキの気持ちは昨日よりも今日よりももっと大きくなるんだろう。そう考えたらひとりでに笑顔になって。そっと傘を少しあげて見上げた空から降る雨が今までよりずっと、綺麗に感じた。
雨の日はフマジメなキスを
(大好き、です)青春っぽい優しい恋のお話が書いてみたくて挑戦してみました。片思い〜両想いになる過程が好きなのでそれをちょっと甘く、日常を少しだけ素敵に。これからの二人に幸せがいっぱい降り注ぎますように!ここまで読んで下さってありがとうございました。 (080213如月亜夜) お題お借りしました。 配布元:TV |