目の前を緩やかな速度で通り過ぎる景色をぼんやり目に写しながら、夕闇に染まりゆく空が綺麗だなぁ、と穏やかな気持ちで呟いて窓硝子に微かに写りこんだ彼にうっすら微笑みかけた。 今日の電車は何故かとても空いていて、まわりには疎らにしか人がいない。いつもはめったに座れない電車のシートだって彼と一個分あけて座ってもまだまだ隣に余裕があるほどで。たまにはこんなのもいいな、なんて断続的におこる振動に身をまかせながらひたすら色の変わっていく空を目にうつす。一個分空いたシートの隣にはきっと彼−結城も同じく穏やかな気持ちでこの空を見ているんだろう。そんなことを思うとなんだかひとりでに頬が柔らかく弛緩していく。そのまま膝に置いていた片手をそっとふたりの真ん中のシートに置いて。まるで眠気を誘うような電車の揺れに少しだけ、とゆっくり目を閉じる。 目を閉じたことで視界が遮断された分、身体に振動がリアルにつたわってくる。電車の中に流れる生暖かい空気を鼻から小さく吸い込む。そうしてシートに置いたままだった片手に触れる、熱。僅かに自分の瞼がぴくりと動いて、だけどそれは嬉しいから。大きくて硬い彼の手はあたしよりもずっと体温が高くて、それが手から腕を伝わってじんわり身体全体に熱を届ける。そのままあたし達ふたり、あたしは目を閉じたまま、彼はまだ窓越しに変化する空をその真っ直ぐな瞳に写しているのか。ふたりの真ん中のシートに置いた手だけがあたし達を繋ぎとめる、柔らかな束縛。心が、手から伝わる優しい暖かさと同じように緩やかに熱をもっていくようだ。頭の中で降りる駅まであといくつか無意識の内に考えながら、ずっとこうしていたいなんて子供の我が侭のような自分の気持ちに苦笑しながらも、ただあたしの上に置かれるだけの彼の小指を僅かに強く握って。電車はそんなあたしの気持ちには気づかずに規則的に進んで行く。 ぷしゅー、という電車の扉が開く音とともに感じる寂しさに気づかないふりをして、あたしはそっと席を立つ。あたし達はふたり共比較的学校からは近い方だけど、それでもあたしは彼よりは先に降りる。また明日も会えるってわかっているんだけど、やっぱり離れたくないって思うのはそれだけあたしが結城に惚れてるからなんだと思う。開いた扉から吹き込む冬の寒さを含んだ風にあたしは少し身震いをしながらドアぎりぎりまであたしを見送ってくれる彼を振り返る。すとん、と駅のホームに足をつけたあたしは自分より幾分か高い位置にある彼の顔を見つめて、いつもは微笑みかけて「また明日ね」って言うのに。何故だか今日はその言葉が言えなかった。その代わりに彼のシャツを少しだけ掴んで。躊躇する間もなく自然と俯いた形であたしの口から言葉が漏れる。 「まだ・・・一緒にいたい・・」 消えそうなくらい小さなあたしの声に出発を告げる発車音が覆い被さるようにして静かなホームに鳴り響いた。 それに心の中でそっとため息を吐いて、元からそんな事は無理だってわかってたんだけど。彼のシャツを掴んでいた手を離すと同時に俯かせていた顔をあげてごめんね、と言おうとした時だった。目の前で閉まるドアと、あたしの隣に降り立つ彼。 「え・・・?」 口を半分くらい開けたままあたしはただ隣の彼をぼんやりと見つめるしかできなかった。そんなあたしをいつものように曇りのない真っすぐな目で見つめ返した彼は、微かに、本当に微かに口元を緩めるとだらんと身体の横にあったあたしの手をその大きな手で包み込むように握った。その繋がれた手がそっと引かれて、進みだす彼に自然とあたしの足も動きだす。外気にあてられた事によりまた冷たくなってきていたあたしの手がじんわり温まっていく。同じようにあたしの心も真ん中からじんわりじんわり幸せが浸透していくように。 冬の風が彼の短い髪をさらりと撫でていく。 あたしは、首に巻いたマフラーにそっと頬を埋めながらもう日の落ちた空を小さく見上げた。きらきら微かに光る冬の星。それからあたしの少し前を行く彼に視線を戻して。一度その頼もしい背中に小さく微笑みかけてから。あたしは寄り添うようにそっと、彼の隣に足を進めた。頭上に輝く星と彼に大好き、と呟きながら。 Colorful
wish
(071211如月亜夜)(君とふたり、ずっとこの空を眺めていれたらいいのに、ね。)
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