いつからだとかどこからだとか。そんな定義なんてわかんないよ。海燕は私の幼なじみで、男友達で、一番の親友なんだから。たまに見せる真摯な横顔とか、俯く私の頭にのせるあったかい手だとか。少しずつ、少しずつ、彼の存在位置が私の中で変わっていったんだと思う。それが私にとっても彼にとってもプラスになるかマイナスになるかなんてやっぱりわかんない。だけどほら、今日も君は笑うから。(私の心臓が春風に吹かれたように、)(柔らかな鼓動をたてて切なく疼いた)



















桜は散って、新緑が青々と明るい空に映えている。日差しとともに風も、暖かさに幾分湿気を含みながらふわり、と私の首筋を撫でて通りすぎていった。足元の石畳の隙間から小さな花がひっそりと佇んでこの穏やかな世界で呼吸をしている。私も足元から視線を空に向けてひとつ深呼吸。もう何百年と生きているけれど、春特有の爽やかな柔らかさはいつだって気持ちまで明るくしてくれる。(ついでに言えば眠気も誘われやすいんだよね、)ふわ、と欠伸を零せば瞬間近くなる気配と聞き慣れた声が私を包んだ。














「よお!相変わらず眠そうなこった」












青空に鮮やかな彼の黒髪がふわりとゆれる。挨拶がわりに軽く上げられた腕に綺麗に浮き出た筋肉。憎まれ口をたたきながらも穏やかな目。彼を形成するすべてに目を奪われたのをごまかすように、私もいつもの軽口をたたく。












「相変わらずって言うほど海燕と一緒にいないー」











見上げなければ合わない視線、私とは全然違う男の身体。意識すればするほど態度がぎこちなくなってしまうから、あえて余裕に笑ってみるけれど。(太陽が眩しいのか、)(海燕が眩しいのか、なんて)














「ああ゛?お前と俺は小せぇ時からずぅっと一緒じゃねぇか」











呆れたように目を細めて私の顔を覗き込む彼の言葉に意図せず頬が緩んでしまう。事実そうなんだけど、それを当たり前のように口にしてくれたのがなんだかすごく嬉しい。











「うわー腐れ縁」









口ではそう呟いてみたけれど表情が緩みっぱなしだから、(だって腐れ縁でも嬉しい)その言葉にまた何か言いたげな顔をした彼をあえて遮って言葉をかけた。













「そういえば何で海燕、こんなとこにいるの?」










こんなとこ、とはすなわち私の部屋の近く、といってももう隊舎に向かって歩き出していたところだからそんなに不思議ではないのかもしれないけど。(だって海燕は副隊長だ、し)私だって一応席官という身だけれどやっぱり副隊長の待遇とは全然違くて。私と海燕の部屋はすごく遠い。(だからこんな朝に会うなんて珍しいんだよね)










「ああ゛?お前が寝坊しねぇよう起こしにいってやろうとしたんだよ」






「寝坊って・・・何歳ですか」







彼が乱暴な口調で言う時はいつだって照れているのを隠すため、で。今だって私から目線をそらしてがしがし音が聞こえてきそうなほど柔らかな黒髪をかいてる。これは昔からの海燕の癖だ。(そんなことを今だに覚えてる私も私、ね)そして決まってはぐらかすように返す私。彼の優しさがくすぐったければくすぐったいほど嬉しい気持ちをどこかで押し殺すようになったのはいつからだろう。












「それを言うなら何百歳、だろ」






「海燕っ!」








からかうように上から私を見下ろす視線も、それに怒ったようにふくれる私も。海燕と私の間に流れるこの雰囲気は小さい頃から変わらずふたりの間に流れている。居心地がよくて、ずっとこうしていたい。そんな空気。













そのまま彼とじゃれあうようにはしゃいでいたら、(だって海燕が穏やかな目で私を見てくれているから、)背の高い彼に目線を合わせるようずっと上を向いていたのが災いしたのか足がもつれて。












「わっ」




「っおい、!」






慌てて私を受け止めてくれたかのような彼の声が耳に入ってきたけれど、勢いがついていた私は彼を押し倒してしまったらしい。気が付けば私は石畳を背にした彼の上にのっていた。














「・・うわ、あ。ごめんねー海燕」








表面上は何てこと無い風を装ってみたけれど、実は心臓が結構ピンチ、だったり。私の御尻が彼の硬い腹筋の上に乗っかっているのが死覇装越しからでもはっきりわかる。全身が血管になったみたいにどくどく、どくどく。(やっぱり海燕、そうとう身体鍛えてるんだな、あ)離れなくちゃ、って思うけど、まだくっついていたいとも、思う。だけどそれは幼馴染、っていう域をこえてしまいそうな気もして。(男友達、の域もこえちゃう、よね)私は怖いのかもしれなかった。彼を幼馴染以上に想う気持ちに気づいてから、それを彼に拒否されるのが。そう思うと胸がきゅ、っと締め付けられて。少しだけ呼吸が苦しくなった。そんな切ない気持ちを押し隠してそっと海燕の目を見てみれば、予想外に真摯な瞳で。びっくりしたと同時にまた胸が切なく疼く。


















「、ごめん。今どくね」










なるべくいつもの声のトーンで言ってみたけど、ちょっとだけ掠れて、少しだけ震える。なんだかさっきまでの穏やかな空気が幻みたく、今の空気は居心地がよくなくて。静かに身体をどかそうと身じろぎをした瞬間、彼の腕が私の腰を掴んだ。











「かいえ、ん」









彼のがっしりした手の感触が、決して強く掴まれているわけではないのに私の動きをとめてしまう。掴まれたところからじんじん、じんじんまるで熱が伝播するように、あつい。













鳥の可愛らしい囀りが頭上から聞こえた。新緑が風に吹かれて微かなさざ波のようにゆれる。まわりはすごく穏やかで、こんな暖かな春の日にこうしてふたり固い顔で向き合ってるなんて。(なんだか、) 気が付けば私は彼の上に身体を預けたまま自然と微笑んでいた。











「私たちなんか、場違いみたい」










そのままくすくす、と笑い続ける私を見て、彼も最初はぽかん、と開けていた口元を緩く上げてさっきみたく微笑んでいた。 (私のすきな、海燕のかお)















「おらよ、っと」





「わっ」







急に立ち上がった彼に半ば抱きつくような形で引き上げられて、漸く私は地面に足をつけた。(かたい、石畳の感触)(いつのまにかドキドキもおさまっていて、) とりあえず彼に御礼を言おうとくっついたままの身体を離しかけた時、一瞬だけ彼に抱きしめられた気が、した。それは本当に一瞬で、次の瞬間には彼は私よりいくらか前方に立っていた。

















「おら、このままだと遅刻すんぞー」









私に背中を向けたままそう言ってゆっくりと歩きだした彼の後姿がゆっくり、ゆっくり遠ざかっていく。(だけどきっと海燕は、)















「おい、!」











(海燕は絶対に私を待っていてくれるから)怒ったように今だ動かない私を振り向いた彼の柔らかな黒髪が、ふわり、風にゆれる。













「今いくー!」











そう彼に向かって叫んで駆け出す私の背中は、確かに一瞬でも彼が触れていたことを主張するかのようにあたたかな熱をともなっていた。



















さきから、残り
(それはまるで、おひさまみたいな)(やわらかな熱) (080428如月亜夜)
18900番を踏んで下さった百合崎様に捧げます^^(遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした!)もし気が向きましたら「読んだよ!」的なご一報をいただけると幸いです^^それではリクエストありがとうございました!これからもサイト共々、よろしくおねがいしますね!