頭に想い浮かんだのは、ただの友達兼上司だった























怖い夢をみた。










ふっ、と意識が現実に戻ると同時に必然的に開く瞳はぼんやりと虚空にはわす


何となしにただ暗闇を写し緊張から解かれた安堵感に躯を包まれながら今の今までそこにいるかのようにリアルで、
そしてすでに過ぎ去った恐怖を思いだした




誰かに殺されそうになる夢。




じっとりと暑さのせいだけではない汗が肌に浮かんでいるのに気付いてゆっくりと横向きで横たわっていた躯を起こす


寝る時に躯に掛けていた蒲団は本来の位置から大きく外れて足元にくしゃっと丸まっていた



それから頭を枕元に向けて常に置いてある伝令神機へと手をのばし、そのまましばし固まる


頭に浮かんだ彼に今見た夢の話を聞いて貰おうとして――やめた




怖い夢は誰かに話せば少し気分が楽になるかもしれない、と思っての行動だったが
彼氏でも何でもない男をこんな真夜中に起こすことはあたしにはできなくて。


それから汗で湿る脚にすうっと手をはわしてから立ち上がる


もうだいぶ闇に慣れた目はうすらぼんやりと部屋の形を写しだすことが可能だ

立ち上がった時に軽く眩暈に襲われたがそれはいつもの事なので気にせずそのまま障子へ手をかける





大きくそれを開いてから半ば倒れ込むように縁側に座った


柱に頭をもたれるようにしてよっ掛かりながら膝を抱えて小さくなる

部屋の中も外もあまり変化がない温い空気が漂っていてそれをゆるゆると鼻から吸ってぼーっと空を見上げた


珍しく今日は澄んだ夜空だ


その世界にふんわりと光を放つ月を暫く見つめる

時々緩く風が吹いて首筋に張り付いた髪を優しく取り払っていった



いつのまにか虫の音を聴きながら自然と瞼が落ちていき、まどろんでいく意識の中無償に人恋しくなった自分にうっすらと微笑んで意識を手放した
















……おい、…」






誰かの声が聞こえる。

聞こえるというよりは意識の中に侵入してきたかんじだ


その声につられるようにぼんやりと目を開けて、そして何度か瞬きをしてから目の前にいる人を捉えた



「………れん、じ………?」


掠れた声しかでない喉は妙に水分を欲している

柱によっ掛かっていた頭をけだるげに戻しながら何故か自分の隣にいる恋次に疑問の視線をむけた




「お前何でんな所で寝てたんだよ……」



彼はあたしと目が合うと一瞬ホッと息をついてからやや心配気な表情は変えずにそう尋ねる


あたしはまだ彼がここにいるのが信じられなくて、あたしと目線を合わせる為にしゃがんでいたのであろう彼を言葉もなくただ見つめた



「恋次こそ何でここにいんの…?」


同期とはいえ副隊長である彼は一席官であるあたしより出勤時間は早いはずだ

察するところもう日は昇っていてあたし自身遅刻するかの瀬戸際だろう



彼は今日非番だったのか?

だけど何故ここにいる?


考えれば考えるほどわからなくて太陽の光に些か顔をしかめながら尋ねかえした



「……今何時かわかるか?」



「は……………?」



呆れたような顔をしてそう呟いた彼をぽかーんと口を開けてただ見つめるあたしはきっと端からみれば滑稽にちがいない



「もうとっくに出勤時間過ぎてんだよ」



「………うそ………」



若干こちらを睨むように見てくる彼は友達ではなく上司の顔をしていた


「えーっと……じゃあ恋次は出勤時間になっても来ないあたしの様子を見に来たってこと…?」


無断欠席をしてしまったという事実に心臓がひやりとするのを感じて、同時に寝過ごしてしまった自分に呆れともとれる憤りを感じ呆然とした


「まァそんな所だ」



「すみません……」


庭に視線を向けてそう応えた彼に恐縮するように小さく謝る



「…それで」


「はい……」


顔はそのままで視線だけちらりとこちらに向けた彼に何を言われるのかと身構え姿勢を正した


「何で縁側なんかで寝てたんだよ。いくら夏でも風邪ひくだろうが」


何か処罰でも言い渡されるのかと身構えていたから始めと同じ質問に拍子ぬけしてしまった



「昨日怖い夢見ちゃって眠れないから外の空気にでもあたろうと……」


それで気がついたら寝てて…


最後のほうは口の中で小さく呟いて彼の顔色を伺うように上目使いでそっと盗みみる




「…………はぁ」



予想通り呆れた溜息をついた彼にもう一度すみませんと言って顔を俯かせた



院生時代からの友人である彼はあたしと同じ道を歩んできたはずなのに気付けばもう副隊長にまでなってしまっていた


勿論それはあたしにとっても凄く喜ばしい事だけど、一緒に歩んできた身としては悔しくもありまた自分が情けなくもなる


怖い夢ひとつ見たくらいで仕事に遅刻なんてしてしまうあたしの甘さが彼に届かない原因のひとつでもあるんだ


心の中で自分自身にむかって盛大に溜息をついた





「!?」




突然、憂鬱な気分で自分を呪っていたあたしに触れる大きな手は俯くあたしの後頭部をやや強引に引き寄せ持ち主の肩口にそっと押し付ける




「恋次……?」



混乱する頭の中でなんとか彼の名前を呼んだ





「………そういう時は…俺を呼べよ……」




いまだ後頭部に感じる彼の手はあたしの頭をすっぽり包めそうなくらい大きい

小さく囁いた彼の息遣いさえ聞こえるこの距離は初めてで、今更緊張なんぞはしないがどこかさっきよりも躯が熱い気がしなくもない




「……じゃあ今度怖い夢見たら恋次の事呼ぶね…」



肩に頭を押し付けられている為喋りにくかったがそれ以上に気恥ずかしくて声が弱々しくなる



「……おう」



どこか照れたような彼の返事をきいて自然と頬が緩む

それからゆっくり頭にあった彼の手が外されてそのままあたしも微妙に彼の躯から離れてふっ、と庭に目線をはずした



決して嫌な沈黙ではないがそれが何だか恥ずかしい気まずさでごまかすように呟く



「……おなかすいた……」



空腹を訴える躯に素直にそれを口にする



お昼時だからだろうか

蝉の音が活発に耳を刺激している

こうしている間にも日は高くじりじり縁側にいるふたりを照らしていた




「ったく……飯作ってやっからとっとと着替えろ」



「え……恋次仕事は?」



そう言って立ち上がりかけた彼に驚いて見上げたまま目をぱちくりさせる



「今からじゃ仕事になんねぇだろ。明日一緒に朽木隊長んとこ行くからな」



怒られに。いたづらっぽくそう言って笑う彼につられてあたしも笑顔になる




「…ありがと、恋次」




改まってそう言うのは少し勇気がいったけれど。




「気にすんな。」




彼は口端を上げてニヤリと笑うとあたしの頭をくしゃっと撫でて部屋の奥に消えていった







遠のいていく恋次の背中をぼーっと眺めながら今さっきまで彼の手が触れていた頭にそっと手をやる


ほんのりほてってくる躯はきっと暑さのせいだけではない…はず。















この をのばしたら、に届くかな。

なんとなくほのぼのとした甘めな夢になりました
いや、甘めか……?
最近暗い雰囲気な夢ばっかなのでほのぼの風味が書けて満足です!
ではっ……(逃げ★
(070809 如月亜夜)