「なァ、お祭り行かん?」 「お祭り………?」 真夏の
夜の夢 身を蝕む暑さは変わらねど、聞こえてくる虫の音が弱まりをみせだす夏の中ほど。 扇風機だけがまわるたいして暑さ凌ぎにはならないが、無いよりはマシという蒸し暑い隊舎内で残業をしていたあたしは 同じく珍しい事にこんな時間まで残っている市丸隊長の呟いた言葉に顔を上げた 「そ。お祭り。もう少しで終わるんやろ?」 それ、とあたしの持つ書類を指差し軽く小首を傾げる 「これで終わりですけど…」 そう言いながらも隊長に祭に誘われた事に若干戸惑いを見せながら伺うように彼を見た 「なんやボクと行くの不満なん?」 「そういうわけじゃ……」 僅かに眉根を寄せて言った彼に否定の意を示しながらもどこか釈然としない気持ちを抱えて最後の書類を書き上げた 「…終わりました」 「ご苦労さん」 書き上げた書類を隊長に渡して扇風機の電源を切る 「ほな行こか」 うっすらと微笑みを浮かべた彼はヒラリと羽織りの裾を翻して先に扉から出ていった 市丸が姿を消してから数秒の後、はひっそりと息を吐いてそれから後に続く 別に隊長と夏祭に行くのが嫌なわけではないし、仕事が終わった息抜きとしても問題ないだろう ただ、あたしを誘った彼の表情や声に僅かに含まれていた焦りにも似た妙に哀しそうな感情の一片が頭から離れない それをほんの少し胸に留めながら彼の後を追いかけた 流魂街のはずれに来たあたし達は、肌に纏わり付く暑さにも勿論だがなにより人の多さに驚いた 東西南北に散らばる人々が皆集まったのではないかと疑うほどだ 人込みに従って中心に近付くよう歩を進める 外に出たばかりだというのに風通しの悪い死覇装はべったりと躯に張り付き、動きもさることながら気持ちが悪くもあった 人の流れに沿って進んでいくにつれ太鼓や祭独特の音色が大きくなってくる それと同時に人の数も一段と増え、あたしより一歩前を行く隊長がちらちら人に隠れてしまうようになってしまった 見失うことはないのだが、間に人が割り込んでくる為少しずつ彼との距離がひらいていってしまう その度に半ば強引に人を掻き分けなんとか元の距離を保とうとするのだがそれは存外たやすくはなくて。 追いかける。追いかける。 彼だけを見つめて、歩く度に微かに揺れる銀髪に目を凝らして。 ふっ、とそれにデジャヴのような感覚がすぎった ひとり一瞬まわりの喧騒から離れたようにあたしのまわりだけ無音状態に陥って、人の波だけが変わらずに進んでいく 人を掻き分ける為胸の位置にまで上げていた片手をひとつ見つめて、軽くその手を握りしめた これじゃいつもと同じじゃない。 ふっ、と口角だけを上げて微笑んで、握りしめた掌をゆっくり開く あたしは彼を追いかけてばかりいるんだね。 それは皮肉な意味で思ったのではなく、寧ろ柔らかい心持ちだ 三番隊に入ったのも彼を尊敬していたから、憧れていたから。 憔悴に近いそれは今も変わらずこの胸にある いつか追い付いて、そして追い越せる時がくるまであたしは彼を追いかけ続けるのだろう 掌に向けていた顔を正面に向けて、そこであたしは目の前に揺れる銀髪がカケラほども見当たらない事に漸く気がついた 軽く呆然としながら立ち尽くすあたしを避けるようにして前へと進む人の波は更に増したように思う 流れを邪魔している自分に気がついてとりあえず波に乗って歩を進めてみた もうだいぶ中心が近いのだろう。 ふと顔を向ければ太鼓の音と音頭に合わせて踊る老若男女が途切れ途切れに目に入ってくる 胸の深いところやお腹に響く太鼓の音に静かに高揚感が沸き上がるのを感じながら前へと目を凝らして。 大きく道が十字路に別れている所謂中心地には漸く辿りついた 依然人の多さは健在なまま十字路の真ん中に立ち尽くす 四方八方に流れる人々は皆楽しそうな笑顔を浮かべていた 色とりどりの屋台から香る香ばしい匂いをゆるゆると吸い込みながら今ひとりでいる自分がたとえようもなく寂しくなって。 往来を行き交う騒がしさから耳を逸らすようにそっと俯いた 「!?」 その時突然、右手を誰かに包まれた感触がして反射的に躯が小さく反応する だれ…と呟こうとして、けれどそんな必要はないことは後ろから聞こえてきた声以前にわかりきっていた事でもあった 「やっと…見つけたで……」 包まれた手はそのままにゆっくりすぎるほどのスピードで後ろを振り返る 「隊長………」 目に飛び込んできた額に汗を浮かべる隊長と、その表情が醸し出す言い知れない深い安堵感に自然と頬が柔らかい曲線を描いた そろそろ帰りましょか、という隊長の言葉に素直に頷いて、今だ手を包まれたまま同じように人込みの中を進む 隊長が前を歩いてあたしの手を引っ張ってくれるから、行きのように間に人が入り込むこともなく比較的スムーズに人込みから抜け出すことができた 人も疎らになり大分喧騒から離れた今も、隊長はあたしの手を引っ張りながら前を歩く 太鼓の音が遠く微かに耳に入ってくるなかを無言で進みながら空に視線をうつした ここに来た時はまだ藍色になりきっていなかった空はもうすでにすっかり漆黒色に染まっている 晴れた夜空にぽっかり浮かぶ優しい三日月と夜遅いためか些か涼やかな夜風が肌と髪を撫でていくのが心地よかった 「…隊長、今日は誘って下さって…ありがとうございました」 引かれる手に視線を落として静かに呟いた気持ちは嘘ではなく。 「ボクの方こそおおきに」 穏やかな口調でそう返した彼は、だけどこちらは振り返らずに僅かに顔を俯かせていた それがどうしてか泣いているようにみえて。 来年もまた誘って下さいね、という科白はあたしの口からは出ずにどこかに消えた それはきっと、今夜の三日月が優しすぎるせいなんだと繋いだ手に緩く力を込めながら目を閉じた お祭り行ってきました〜★ 念願叶ったり! ということで夏祭りネタ。 ギンは原作を念頭におくとどうもしんみりしてしまいますネ (一護達が瀞霊挺に来るほんの少し前だと思って頂ければ…アレ。少し時間軸ズレるかな。。アハハ このくらいの糖度…どうですか? 受け入られて頂けると嬉しいですがvv とりあえず祭に行ったらりんご飴は必ず食べる主義デス★ (070819 如月亜夜) |