夏色 マジック










夏休みで浮かれていたのは小学生までで、蓋を開けてみれば退屈でしかない





ベッドに寝巻のままねっころがってパラパラと漫画を眺める

冷房の独特の機械音とともに送りだされる冷気を躯に受けながら冷めた表情でそれをパタンと閉じた



退屈。つまんない。



そうして傍らに置いたケータイをカチカチ弄りだす


なんか楽しい事、ないかなァ


そのままケータイを放り出そうとしてディスプレイに表示される着信の文字

そこに表れためったに電話をしてこない名前を見て若干驚きながら通話ボタンをおした





「はーい」



『あ、?俺、黒崎だけど』



久しぶりに聞いた一護の声。

夏休みが始まってから会ってないもんなー。




「どうしたの?」


『あのさ、お前数学の課題もうやっちまったか?』


「数学?やってないよ。数学嫌いだから」



そう答えながら起き上がって机に放置された宿題の山から数学のプリントを引っ張り出す



『悪い、それコピーさせて貰えねぇか?』


「え?あーうん、いいよ」



引っ張り出した真っさらな状態のプリントをヒラヒラ振って応じる


『サンキュ。んじゃ今からんち行くな』


「あっ、はーい。何分後くらいに着く?」


『そうだな…5分後くらいじゃねぇか?』


「了解。じゃあ待ってるね」



そう言ってあたしは通話を切った

パタンと閉じたケータイを机の上に置いてクローゼットの扉を開ける



何せ今のあたしの格好は短パンにTシャツ。

Tシャツはそのままでいそいそと短パンを脱ぐとデニムのミニスカにはきかえた



くしゃくしゃのままの髪には櫛を通してプリントを持って玄関に向かう

そのまま玄関口に腰掛けながら彼が来るのをじっと待つことにした







ピンポーン






「はーい」



呼び出し音が彼が来た事を告げると同時にミュールをつっかけてドアを開く



「よっ。悪ぃな、突然」


申し訳なさそうに苦笑いして佇む彼は夏休み前と変わっていなくて。


「全然大丈夫。はい、コレ」


笑いながらひょいっと彼にプリントを差し出す


「サンキュー。助かったぜ」


「いいえー」


プリントを受け取った彼は汗の滲む顔で安心したように笑った



このまま一護とお別れっていうのも何だか寂しい。

だからって部屋に通せるような状態ではないし。


一瞬のうちにそこまで考えて、それから突如浮かんだ考えにはゆっくりと微笑む



「ね、一護。ひとつお願いがあるんだけど、いい?」


微笑んだままそう彼に問い掛ければ彼はちょっとびっくりしてから頷いた



「あたしの事じゃなくて名前で、って呼んで?」



そう言って微笑みながら、だけど有無を言わせないような眼力で彼を見つめる

が黙るとふたりの間に沈黙が流れた


その合間を縫うように蝉の声がやけに大きく聞こえる



やっぱりダメかなァ。


少し残念な気持ちで、でも彼を困らせたかったわけじゃないから。

それでも引けなくて。

まるで我慢くらべのように一護を見つめ続けた






「……………………



本当にもう小さな声で、集中しなければ蝉の声に掻き消されてしまいそうだったけど。



「うん」



初めて彼に呼ばれた自分の名前が嬉しくて微笑みながら頷いた





それから一護はガシガシ頭をかいて目線をふっ、と逸らしながら口を開く




「んじゃ…明日また来っから………



「また明日、一護」



ニッコリと自然に微笑む顔はどうしようもなくて、彼が去っていく後ろ姿を見えなくなるまで見送った










バタン。






玄関のドアを閉めたはそのままズルズル床に座り込んだ

やけに熱い両頬に手の甲をあてながらいつもより少しだけ速い鼓動を落ち着かせようと深呼吸をする






退屈な夏休みが楽しくなりそうな、そんな予感がしていた

















(夏休みって退屈だけど、その退屈がまた嬉しくて。 花火大会に行きたくなりまシタ。(何故。。)
(070810 如月亜夜)