ファーストインパクト―それは今まで感じた事のないような強烈な刺激だった
























今日も夜が更けてゆく。






連日変わらない茹だるような暑さは日が沈んでからも衰えることを知らない



緩く開けた木張りの窓から吹く涼しくもない風を首筋に受けながら恐らく今夜最後の客であろう男を持て成す為正座をする




ここは遊郭。




二十歳になる前から勤め続けて数年、余程の財産か地位のある男しか指名できないような位置まで上りつめた


あたしはこの仕事が嫌いではないし誇りを持っている


ただ、時々寂しさを感じることがないと言えば嘘になるのだろう。









「いらっしゃいませ。でございます」




襖がガラリと開くと同時にゆるりと手を畳について頭を下げた



「おぅ。」



音をたてて襖が閉められるのを聞いてから焦らすようにゆっくりと顔をあげる

最後に下を向いていた目をそっと上げて微笑んだ



なんだろう、この感じ。



目の前に立つ男と視線が絡んだ瞬間まるで電気が通ったような刺激が躯にはしった




まず目に入るのは身に纏う色鮮やかな着物。


それから眼帯と、細められた瞳。


キセルをくわえた口元はうっすら弧を描いていて。


絡んだ瞳から目を逸らすことができなかった


妖しげで、どこか冷たい男の瞳に吸い込まれそうな感覚に陥って漸く自分を取り戻す






「お優しくお願い致します…」




娼婦の笑みでそっと今だ立ったままの男に微笑みかけると明かりを消した

緩く開けた窓からぼんやり月明かりが差し込む



男が座った気配を感じてその膝にするりと手をあて優しく動かし始めたあたしは、けれど男の手でそれを止められて疑問の眼差しで男をみた


「悪いが今夜はそういう気分じゃねェ。ただ酒に付き合ってくれりゃァいい」


男はそう言って自ら持ってきた酒瓶をたぷん、と揺らした















男の杯に酒を注ぎながらこんな客は初めてだ、と微かに動揺している自分がいる


何せ自分を指名する男達は躯目当てな場合が殆どで。

またそれが普通だと認識しているあたしもいた



酒の合間にプカプカとキセルを吹かしながら男はポツリポツリと低く漏らすだけで。



「……アチィな」



「…本当に…」



それに小さく相槌を打つだけの時間が過ぎてゆく

酒瓶が半分程なくなったところで男はゴロリと畳に寝転がった




「膝をお貸し致しましょうか…?」



それに気付いたは囁くようにそう言ったのだが男の反応は相変わらずだった


「いや……」



部屋には酒の匂いとキセルの甘ったるい匂いが篭っていてそれだけで酒の弱い人間は酔ってしまうだろう


男が寝転がってから特にすることも失くなったあたしは男の視線を追うように窓に目をやる


少しだけ欠けた満月に近い月は周りにある雲をうす明るく照らしていた






「…いい月夜だなァ」



あたしも同じところを見ているのがわかったのか男は低く呟く


「…………ええ」


よい月夜か否か、と聞かれたらよい月夜なのだろう

だけど雲ひとつ無い月夜に比べれば評価は落ちる

答えに困りかねてとりあえず肯定の声を漏らした



「ククッ……」



キセルをくわえたまま喉の奥で小さく笑った男はまだ笑みの残る表情で唸るように囁く


「真っさらな空に浮かぶ月より俺は今夜みたいな月のほうが好みだ」



男の側で正座をして空を見ていたあたしはその言葉にふっ、と視線を男にうつした

片目だけの眼は、月の光を写しだしてそれが何とも言えず綺麗だ

目を離す事が出来ない、というよりはその行為自体を忘れてただただ惹かれるように男の目に魅入っていた



「ククッ……も寝転べよ」



また可笑しそうに笑いを漏らした男は視線を月から離さずにあたしにそう囁く


「……はい」


言われた通りに男の隣に寝転がって、近くなった距離に自然と胸が高鳴った

男と畳に寝転がりながら言葉もなく空だけ見上げる

静かな部屋に虫の音が涼やかに響いていた




不思議と、男の隣で安心している自分に気付いて戸惑いながらもそれは嫌ではない

寧ろ今まで望んでいて、けれど手に入らなかった、そんな感情に近かった




そっと暗闇にだいぶ慣れた目で少し上に位置する男の顔を見上げると、不思議な感情が胸を巡った


それは今まで感じた事のないような感情で、同時にずっとこうしていたいと漠然と願う





「月に飽きたか?」



「ぇ………?」



しばし見つめていた男の顔が微かに下向き加減になって、それから合う視線


「じゃあまた酒の相手でもしてもらうか」



口元にまたうっすら微笑を浮かべた男はゆっくりと躯を起こした



「あっ…はい」



一テンポ遅れて反応したは自らも慌てながら躯を起こす

またさっきのように酒を注ぎながら、頭の中では微笑した男の顔がちらついて離れなかった















「そろそろか……」



空が白み始めた頃男は満足気にそう呟くと懐から札束をだした



「アンタのお陰で旨い酒だったぜ」



空になった酒瓶を揺らして男は言うと立ち上がりかける


「ぁ………」



何故だか男が自分の隣からいなくなってしまうことに焦燥感を感じて知らずのうちに引き留めるように着物の袖を掴んでいた


それに気付いた男は僅かに驚きを表し立ち上がりかけた姿勢のまま動きをとめる




「ぁ……申し訳ございません…」



我にかえって袖を離すもやはりこのまま二度と会えないのかもしれないと思うとどうしようもなく胸が疼いて。


ごくり、と唾を飲み込んでから緊張のせいか震える唇を開いた






「キス、して頂けませんか……?」




小さく聞こえた言葉に男が目を見開く気配がする



「キスして頂けたら忘れます…!今夜の事も、貴方の事も…!だから…」



だから一度だけくちづけて貰えませんか…?





男の顔を見ることは出来なくて、もう殆ど泣きそうになりながら虚空を見つめてそう言い切った



耳鳴りのするような沈黙が長い時間流れたように感じて、思わず唇を噛み締める




「…申し訳ありません…今のはお忘れに…!」



再び深く頭を下げて詫びろうとしたの顎を捉えた男はそのまま自分と目線を合わせるようにした



「…忘れなくていい」



掠れた囁き声が顔にかかるのを感じて、それから奪うようにくちづけられる

強く押し付けられた唇はただ触れ合っているだけだというのにあたしの躯を微かに震えさせるほどだ


胸に抱えていた不思議な気持ちはさっきよりも更に高まって熱く鼓動している





「俺の女になるか?




僅かに離れただけの距離で、話す男の吐息が唇に触れるのをぼんやりと感じながらかつて感じた事のない強い想いに押されるように頷いた










「ククッ……最高のプレゼントじゃァねェか…」







そう呟きながらどこか嬉しそうに微笑む男にみずみずしい朝の光がサァッと降り注いでいた










その一瞬で に堕ちる

記念すべき初高杉夢です
そして一日遅れですが誕生日夢!
しかし最後まで高杉の名前でてきてません。。
高杉は話し方がよくわからないんですが高杉っぽくなっていることを願って。
(070811 如月亜夜)