朝目覚めたら、誰もいなかった。 「っ……!」 眠りからふと目覚めて、うっすら目を開けた先にあったはずのぬくもりがない 横向きで眠っていた躯を勢いよく起き上がらせて部屋を目にうつす 一瞬にして温かな眠りから奈落の底に突き落とされたような冷たさが心臓をひやりと撫でる もしかして捨てられてしまった? ネガティブな思考に占領されていくなかで、ふっ、と視線をサイドテーブルに向けた 「……?」 蒲団を胸元まで引き寄せながらそこに置かれたうすっぺらな紙を手にとる 『昼までに戻る』 質素にそれだけ書かれた紙は間違いなくも彼の残したモノだろう 心臓がもとどおり緩やかに鼓動を再開するのを感じながらベッドからおりた クロロとひとつになった日以来、普段の生活こそ変化はないが、夜だけは必然的に一緒に眠ることとなっていた 床に散らばる衣類に袖を通しながらぼんやりと時の流れの早さを感じる もうすでにひとつの季節が過ぎ去ろうとしていた スカートを手にしながら、どこか燻っていた想いに馳せるように天井に目をやって。 ヒビや汚れに覆われたそれを目でなぞりながら小さく口を開く 「…潮時、かな……」 耳に伝わる自分の声に含まれていた哀愁に薄く微笑んで手を動かし始めた 「これで全部なはず…」 彼と半同棲生活を送るにあたって持ってきていたもの、といってもほとんどモノは置いていなかったから荷物は小さなバッグひとつと随分身軽だ 部屋を一通り見渡して、そこに自分を連想させるモノがないかを確認する 彼の記憶から消えたいわけじゃない。 寧ろずっとその記憶に残っていてほしいくらいだ だけど、立つ鳥後を濁さず、っていうじゃない? こういう強がりなあたしは嫌いじゃない。 そうして彼の匂いの残るそこから静かに姿を消した 少し汗ばむ掌に歪んだ薄い紙を握りながら。 天気は快晴…だと思う だって冷房をつけていない蒸し暑いこの部屋に差し込む日光がキラキラ反射している ゴロン、と床に寝転がったままどのくらい時間がたったかわからなくなるほどずっとそうしていた あの日彼の部屋から帰ってきた時に持っていたバッグはそこの床に放置されている 床にユラユラうつりこむ日光をぼーっと虚ろに目にうつした クロロは、あたしのアパートを知らない。教えてないもの。 だからあたしがいなくなっても探しにきてはくれない、いや、くることが出来ないのだ そう仕組んだのはあたしであるはずなのに、この後悔にも似た憂鬱な気持ちは何なのだろう 何日も廃人のようにずっとアパートに引きこもって、何もやる気がおきない。 ちらり、と視線を上げて目の届く範囲に置いた、というかほっぽったあの紙は皺くちゃで、色褪せそうな程光を浴びている あたしが彼と過ごしていたと唯一形で見てとれるそれに縋っている自分が情けなくて、反動をつけて起き上がるとその薄い紙を手にとった 「………」 一瞬の躊躇いの後、それをクシャクシャに丸めて床に投げ捨てる 転がってベランダの窓にコツン、とあたったそれから目を離すとよろよろと立ち上がった ここ暫くまともに食事もおろか、動く事もしていなかった躯は頼りなくふらついて、同時に目に飛び込んできた光に目を細める (こんな事したいためにクロロと離れたんじゃない) 自然と向かう足はキッチンで、手は自動的にインスタントコーヒーの箱を掴んでいた ほんの一瞬その行動に戸惑って、溜息とともに箱を元の位置におく ひとりで飲むコーヒーはもう美味しくは感じられないだろう (散歩でもするか…) リハビリと称して外に出ようと決心すると鍵だけを持って玄関に向かう 彼の事を考えないようにすればするほど彼の姿や声や匂いはあたしに色濃く染み付いて鮮明に甦る 深く穏やかな闇色の瞳に今なお見つめられているかのような錯覚に陥りながらドアを開けた (眩しい……) 飛び込んでくる太陽の光と肌に纏わり付く温い暑さが外の空気とともにあたしを包む くるりと躯を反転させてドアを閉め…た、いや閉めたのかさえもうわからない 躯も思考もすでに占領されるその存在の鮮やかさが色を無くしたような生活に陥っていたあたしには眩しくて、だけど妙な懐かしさも感じた 「……何でここにいるの…?」 ドアのすぐ側の壁に躯を預け本を読んでいたであろうクロロは放心したようにそう呟いたに呆れた溜息をつく 「第一声がそれか」 そう言ってパタンと本を閉じるとじっ、と一見何も写してはいないようなその漆黒の瞳でを見つめた 全然変わってない(当たり前だけど)彼は、今日も団長スタイルのオールバックではなくあたしといる時の、いつもの見慣れた下ろした髪型で。 仕事で来たわけじゃないことがそこから読み取れる 「だって…教えてないのに……」 「お前俺が誰だか知ってるよな?」 (クロロ) 心で間髪入れずに呟くが、実際にまだ彼があたしの目の前にいることが現実味を帯びてはいなくて。 「お前のいる所くらいわかる」 そう言ってこちらを見つめる彼の瞳は静かで、何だか全て見透かされているようだ。そしてそれはあながち外れてはいないだろう 口を開くことも動くことも忘れたようにただ馬鹿みたいに佇みながら、だんだんと緩んでくる目元に力を入れることさえできない この数日彼について思い出さないように努めてきたというのに。 それは無駄な努力で、そして今はそうで良かったと思う自分がいる 「帰るぞ」 「わぁっ」 彼からそう声が聞こえたと認識する間もなくあたしは彼に抱き上げられていた 出会った時と同じ強引さで、だけどあの時よりもまわされた腕はどこか優しい。 「………俺様ヤロー」 ついに流れてきた熱い涙を隠すように彼の胸板に顔をよせる 彼があたしの目の前にいるだけで、こんなにも満ち足りる。どうしようもないくらい込み上げてくる、押し止めていた感情。 「コーヒーが飲みたい」 歩き出しながらそう呟いた彼は、もう一度、まるで離さないとでもいうようにあたしを抱え直した もう終わりかけの夏、暑さ揺らぐ少し涼しさが吹く風の中で。 あたしは、生きる意味を見つけたのかもしれない。 「の煎れたコーヒーが飲みたい」 「二回も言わなくていいから…」 まだ涙の跡が残る顔で、少し鼻声になりながらも微笑んでそう呟いた そうしてこれは、規則的に揺れる彼の腕の中で口には出さずに心の中で。 愛してるよ。 いつか照れずにそう言えるその日まで。 あたしを、抱きしめて。 その声で囁いて。 その
存在自体が、もう手放したくないよ。 終わったァァァア!! たった五話なのにえらく時間かかった。。 えっと、あんまりクロロとの絡みがない気もしますが大目に見てやって下さい!! ちょっとでも幸せな気持ちになってもらえるといいなァ、とぼやきつつ。 ここまで読んで下さってありがとうございましたァァア!! 感想とか一文字(オイ でも頂けると喜びまふ。。(ブルブル (070824 如月亜夜) |