風呂上がりに縁側で星を見るには肌寒すぎるこの季節だけど、芯まで冷たくするような夜風がどこか心地いい。






(寒すぎて感覚麻痺したかな)






薄い生地の寝着から覗く腕や脚は冷え切って、折角お風呂にはいったのにと少しだけ温かい湯が恋しくもなる。




この慌ただしい戦乱の世にこんなに静かな夜空が存在するなんて。



世界は少しだけ優しくて、少しだけ残酷だ。




まばゆい星の光に僅かに目を細め月を探す。


ザワリ、と黒い木々が強い風に揺れて私の乾きかけた髪をも通りすぎていった。



再び静まり返った部屋に足音の振動が伝わって、それと同時に彼の纏う特有の気迫も空気にのって私の元までやってくる。


(土方さん、だ)


彼だとわかりきっていたけれど、そうそっと心で呟かずにはいられなかった。




身体は縁側に向けたまま顔だけ後ろを振り返る。微動だにしない私の目の前で障子が強く引かれた。




「……閉めろ」




開口一番顔を歪めていった彼の身にも私と同じ薄い着物。風呂上がりの身体からは温かい湯気が冷えたこの部屋に比例するように一層色濃く目にうつる。




「えー」



ドカッと乱暴に寝そべる彼はやっぱりいつものようにこちらには背を向けて。たっぷりと水分を含んだ艶やかな黒髪が畳にしなやかに曲線を描く。



私が小さく反論の声を漏らしても彼は何も言わずキセルをふかしていた。



もう一度夜空に視線をうつして星を眺めていたけれど、何故だかさっきのように綺麗には見えなかった。瞬く星の数は変わらないのに募るのは寂しい気持ち。音をたてないように静かに後ろを振り返って、彼はさっきと寸分も違わない。濡れた髪の位置さえも。



(土方、さん)


彼が歩けばたった数歩の私と彼の距離は、だけど私にはとても遠くて。越えられない壁も存在するのだと、幸せがいつまでも続くわけじゃないと随分前に私は理解していたというのに。




私はいつか此処を去っていく。去らなければいけないのだと漠然と感じる想いがふと蓋を開けてしまったようだ。



視線の先には彼。広い背中と大きな肩。その背中に、肩に彼は沢山沢山抱えているんだろう。哀しみも痛みも、焦燥も鬼でさえ。そのうえ私まで抱えるなんて、彼はなんて。



(なんてお人よし)



そっと縁側から立ち上がって障子を閉めた。いくら探しても月は見つからない。私も揺らいでしまいそう。



踏み締めるように畳を歩いて彼の背中に自分の背中を預けるようにして座り込む。



「土方さん。退屈なんで構ってください」




障子越しに揺れる黒い影を少しだけ睨むように目を細めて。




「………」



少し身じろぎした彼の高い体温が私の冷たい身体を痺れるように温めていく。




「……ちっ」



私の身体の冷たさに気を悪くしたのか彼は小さく舌打ちすると身体をこちらに向けた。




かちあう目と目。本当に土方さんはお人よしだ。





彼の少し湿った石鹸の匂いのする胸板に顔を埋めて、顔に似合わない腕の優しさにまた小さく目を細めた。












つきの かり
(退屈なんて嘘。ただ、寂しくなっただけ)





*
ヒロインちゃんは土方さんに拾われた女の子。
土方さんとの生活は幸せだけど、先の見えない幸せが少しだけ怖い。
彼に拾われた立場や歳の差に引け目を感じて、だけど彼はいつもどおり。
そんな土方さんの余裕さに寂しくなって。
だけど土方さんは土方さんで接し方がわからなかったり。
不器用だけどお互いがお互いを大切にしてる、そんな恋愛のお話。
(080129如月亜夜)