白い光が瞼越しに私の意識をうっすら引き上げていく。まどろみの意識の中で外観の音に耳を澄ませてみるも風の音さえ聞こえないほど穏やかだ。布団の暖かさがどうしようもなく心地よくて気づけば意識はまたゆらゆら漂い始めてしまいそうで。そっと目を開けて何度も瞬きを繰り返す私の視界には淡い光に照らされて白く浮かぶ自室。










「あ、起きました?」










いまだ虚ろな思考回路を遮るわけでもなくこの部屋にまるで違和感を感じさせない声が頭上からそっと私の鼓膜に届く。視線だけをなんとか上げて捕らえたのは見慣れた彼の笑顔。彼の絹糸のように細くて柔らかな黒髪が温かい日をうけてきらきらと輝いている様は酷く私を安心させた。








「沖、田さん・・・」








ゆっくりと起き上がりながら寝起きのせいで掠れた声で彼の名を呟くと彼はまたにっこりと微笑んで私の乱れた髪を手櫛で整え始めた。









「・・・・」









ぼんやりしたままの私の髪を梳く彼の手つきはとても優しくて思わず目を閉じてしまいそうになる。布団から出た私の身体をふわりと冷えた空気が通り過ぎて反射的に身震いをすると彼は自分の羽織っていた羽織を私にそっとかけてくれた。そういえばぼんやりしていて気づかなかったけれど、沖田さんは何しに来たんだろう。私の部屋に知らぬ間に彼がいることはもう珍しくもないのだけれど。そう思いいつの間にか私は彼を見つめていたらしい。彼は私の髪に手を置いたままどこか悪戯を企む子供のような楽しそうな顔をして口を開いた。













「少しそこまで出かけませんか?」






































外の賑わいから今の時刻がちょうど昼時だとわかる。どうりでお日様が眩しいはずだ、とひとり納得して空から前方に視線を戻すとふといつも彼が抱えているサイゾーがいないことに気づいてあたりを見回すが姿は見えない。彼とこうして出かけるのはいつもの事だけど、いつもは「おいしいお団子屋さんを見つけたので一緒にいきませんか?」とか「いいお天気だからお散歩にちょうどいいですよー」とか理由を言ってくれるのに。その時いつだってサイゾーは彼の腕の中で。一瞬サイゾーがいなくなってそれを探しに私を誘ったのかと思ったが、私の部屋に来た彼の顔は心配のカケラもなくむしろワクワクしているようだった。












もう一度サイゾーがいないか彼に視線をやって確かめてみるがやはり私の目の錯覚でなければ今この場にサイゾーはいないようだった。












「どうかしましたか?」










ちらりと横目で私を見る彼の目はやはりどこか楽しげな色を秘めていた。訊ねてみればいいのだろうがなんとなくそんな気分ではなくて。隣の彼を少し見上げながら黙って首を振ると彼は「そうですか」と呟いて口元に微笑を滲ませたまままた前方に向き直る。彼の風に靡く長い黒髪に目を奪われながらふと、彼が男だというのを唐突に感じた。何が、と聞かれればそれに見合う答えを持ち合わせているわけではないのだが、時々ふっ、とそう感じることがある。











「寒いですね・・」











なんとなく会話が欲しくてそう呟いてみたけれど、自分の話題の乏しさになんだか虚しくなった。彼は誰にでも人当たりがよくて、温和ですぐに人の気持ちを掴んでしまう。彼と付き合いの浅い私でさえこんなに彼に惹かれている。彼は母親のような暖かさを持ちながらもどこか自分の内には人をいれないような突き放したところもある。何度もその彼の内側に入りたくて。彼の内に触れられるくらい彼にとって必要な存在になりたくて。だけど実際は私の中での「彼」が大きくなっていくばかりで私は一歩も彼の中に近づけていない気がする。それがもどかしくて、私の隣を緩やかな歩調で歩く彼に少し寂しくもなった。











「大丈夫ですか?」









自分の思考の沼にはまっていた私は反応に一瞬遅れたのち、彼の目を見れないまま曖昧に微笑み返してそっと地面に視線を落とした。こんな自分は嫌だと、心の片隅で思う私もいる。だけど彼に惹かれる自分を感じながらその一方でこの恋心を捨ててしまいたくもなった。彼を意識する度に自分の言動や行動が彼にどう受け取られるか酷く気になってしまうし、それに。










(それに、時々彼が消えるようにいなくなってしまう気がして。) 











なんだか無償に堪らなくなって彼の存在を確かめるように顔を上げれば彼は急に顔を上げた私に少し驚いたような顔をして、それからふんわり包み込むように微笑した。彼の微笑みにつられるように冷たい風が私と、そして彼の髪をゆっくりと巻き上げていった。











「今日は、本当は下見に来たんです」









私の視線に合わせるように僅かに膝を折った彼は風が収まると囁くようにそう言った。下見。新撰組について私はあまり知らないから何とも言えないけれど、何で彼がいつもより楽しそうだったのか、わかった気がした。それと、きっとサイゾーがいないのが下見に関係しているんだろうことも。










「だけど、やっぱり止めることにします」




「え?」






彼はそう言った後、大きく伸びをしたまま私の方を見て笑った。彼の頭上には少しだけ傾き始めた太陽。その光が彼の笑顔に反射して少しだけ、眩しい。










「なんだかあったかいお茶と甘いモノが食べたくなっちゃって」









何て返したらいいか返答に困る私にお茶目にそう言った彼は「行きましょう」と今まで進んでいた道とは違う方向に足を向けた。ほんの少しその場に立ち竦んだ私は、形容しがたい気持ちに泣き笑いのような表情を作って。













「あ!そういえば今日はサイゾーがいないので手でも繋ぎませんか?」











彼はその白い腕を私の方へ差し出しながらくるりと半身振り返った。彼の立っている場所だけが何だか淡く輝いて見えるのは私の気のせいだろうか。その眩しい場所に一歩足を踏み出して、伸ばされた彼の手にゆっくりと自分の手を重ねた。















さんと居られるこの時が永遠になればいいのになぁ」











相変わらずゆっくりとした歩調で私の隣を歩く彼が呟いたその声音に彼の想いのすべてが詰まっているようでどうしようもなく胸が締め付けられるように切なくなった。


















の時の中、で
(苦しいです。君が愛しすぎて。)







ちょっと補足説明。ヒロインと沖田さんは一緒に暮らしてる設定です。
実は両想いなんですが彼の気持ちが見えないから、切ない片思いをしてると感じるヒロイン。想いを伝えるのが正解か、伝えないのが正解なのか彼女の気持ちを優先して考えてしまう沖田さん。だけどそれはぎりぎりのところで踏みとどまっていて。歯止めが利かなくなって彼女をいつか傷つけてしまうくらいだったらこのまま時がとまってしまえばいい。
そんなじれったくてちょっと切ない恋のお話です。
(080202如月亜夜)