溶け始めてすっかり道路の端に追いやられてしまった雪の塊を横目で見ながら足元に残るシャーベットみたいな雪の残りを少しだけよけて歩く。泥が混じってお世辞にも綺麗とは言えないそれは、だけど確かにちょっとの間でも私の気分を高揚させてくれたこともまた事実だった。 思えばこの季節に彼とこの道を歩くのははじめて、だと思う。朝よりは幾分寒さが和らいでいるとはいえ、夕方のこの時間でも寒さを感じないといえば嘘になる。空は少しオレンジ色が混じりかけた青色。吹き抜けた風に身震いをしてその勢いで隣を歩く彼に視線を向ければ同じく彼も寒そうに肩を縮こませているのがみてとれた。 「・・・何だよ」 ちらりとこちらを横目で見た彼はいつものように少し不機嫌そうにそう言うけれどマフラーに隠しきれていない鼻の頭がほんのり赤く色づいているもんだから怖さも半減だ。と言っても本当は彼は不良なんかじゃなくて心のあったかい人なんだってことはもう随分前に気づいているのだけれど。今のだって単なる照れ隠しなんだと思う。そう考えると彼の染まった鼻の赤さも混じってなんだか彼がとても愛おしい。 「いや、寒いねって思って」 半分笑いを含みながらそう返すと案の定納得しきれていない顔で彼はこちらを睨んでくる。それがまた予想どおりで。本当に可愛い人だ、なんて。獄寺くんは男の子なのに。 制服が少し擦れるくらいの私と彼の距離は季節が過ぎるごとにだんだんと近くなっていったもの。彼はポケットに手をつっこんでいるから手を繋ぐことはできないけれど他人と積極的に自分から距離をもとうとしない彼が許してくれた近さが私だけの特権のようで。 (いつもでもこのままでいれたら、なぁ) 唐突に沸いてくる小さな、それでいて私にとって大切な願いは口にはできないけれど。 「獄寺、くん・・・?」 隣にいた彼がふと立ち止まったのを不思議に思って彼の名を呼んでみる。必然的に後ろを振り返る形となった私は呼んでも彼は返事を返してくれないので彼の視線の先をそっと辿ってみた。 「わ、かわいい・・」 彼の視線の先には真っ白い猫が塀の上からじっと彼を見下ろしていた。暫くその猫を睨むように見ていた彼は(本当は睨んでるんじゃなくて見とれてるんだと思う)おもむろにポケットから手を出すとその猫を抱き上げた。大人しくされるがままになっている猫も彼が嫌じゃないらしい。そのまま猫を抱きしめるようにして抱え込んだ彼は自然と微笑んでいた。 (獄寺くんの笑顔、好き) ふんわりと弧を描く目元がいつものとげとげしさをカケラも見せないし、彼を纏う雰囲気がずっと穏やかで優しいものになった気がする。いつもこんな彼でいてほしいわけではないけど(普段の彼でも私は充分好きだし)やっぱり私まで柔らかい気持ちになれるのは彼の微笑みがそれほど素敵だからだと思う。 (その微笑みが私じゃない対象に向けられてるのが少しだけ寂しいけど) だけど彼が嬉しそうだったらいいかな、なんて思えるようになったのは私が成長した証だろうか。 「ほら。」 急にこちらを向いた彼は私の方にその猫を差し出してきた。猫のくりんとこちらを見つめる綺麗な瞳の色がどことなく彼と似ているようで僅かに胸が跳ねる。ゆっくり彼の手の中から猫を受け取ってそっと抱きしめてみる。ふわふわしてあったかい雪みたいな猫は私がそっと毛並みを撫でると気持ちよさそうに目を閉じた。 「かわいいなぁ・・」 何度も何度も毛並みを撫でながら自然と言葉が白い息とともに漏れる。それと同時に私の顔も緩んで。そっと猫の顎を擽るように撫でる彼にちらりと目線をやればそれに気づいた彼が優しい笑顔で私を見返してくれた。 (ずっとこうしていれたら) ゆるりと頬を撫でていく風に時間の経過を感じてふと見上げた空はさっきよりもオレンジ色が確実に増していた。彼といられるこの時間が楽しいほど別れるのが寂しくて。我がままだとわかっていてもあとちょっとだけ、と願ってしまう。彼が私に笑いかけるたび、嬉しい気持ちの裏側に不安も大きくなっていく。彼が私に触れるたび、未来が少しずつ怖くなっていくよ。 (この幸せがあるうちに消えてしまいたい) 時々不安になる未来への思いはこの雪と一緒に溶かしてしまって。 手の中に感じる温かい真っ白な猫を少しだけ強く抱きしめながらそう願った。 もしも
願いが叶うなら
(せめて彼の笑顔をもっと)(できればそれを一番多く私が見れますように。)甘さの中に切なさを!(080207如月亜夜) |