布団から知らずのうちにはみ出ていた足をもそもそと温かさの中にひっこめながら顔をちょこっとだけ出して窓の外を見ればなるほど、この寒さが納得できるような白い雪がちろちろと辺りを染め上げていた。ぼんやりとそれを眺めながら何気なく時計に目を写して。寒さなんてなんのその、私は急いで布団から起き上がって身支度をし始めた。 コートを羽織るのも煩わしくて制服にマフラーを巻きつけただけの格好で慌ただしく外に足を踏み出す。(こんな雪の日に学校あるとか最悪)確かに雪自体には心が弾むのだけどやっぱり遅刻ギリギリな朝の時間には通りを歩くだけでもいつもより時間がかかってしまうから。少しだけ連絡網が来るのを期待していた私はそんなに世の中甘くないのかぁ、と傘越しに見上げた空に向かって白い息を吐いた。 (なんか、おかしい)見えてきた校門に向かって雪の中を着実に進みながら私は訝しげにまわりを見渡す。確かに遅刻しそうな瀬戸際ではあるけれどこの時間ならもう少し生徒がいてもいいはず。それに、うちの学校の男子ならこんなに雪が積もってたら真っ先に校庭で遊んでそうなものなのに。静か過ぎることに少し不安な気持ちを抱えながら昇降口で靴を履き替えて教室へと足を進める。(人が、いない)いつもは廊下でたむろったりはしゃいだりしてる生徒の姿がどこにもないのだ。ひとり首をかしげながら教室のドアを思いっきり開けば。 (は・・・・) そこはガランとして持ち主のいない机や椅子が寂しげに位置していた。窓の外で降り続く雪の白さが尚いっそう私の不安を刺激するように不気味な静けささえ伴っている。どうしようもなく怖くなってドアにかけたままの手がしだいに冷たくなっていくのがわかった。(今日ってもしかして休み・・?) そんな考えが一瞬頭をよぎって、だけどそうしたら連絡網がまわっているはずなのだけど。朝の親との会話を思い出してもそんなことは言っていなかった。むしろこんな日に学校なんて大変ね。って言ってたくらいだし。混乱する思考と静かな空間に突如響いた機械音。それに私はひとりという怖さも手伝ってか大げさなくらいに肩を震わせてしまった。 ピンポンパンポーン 『。今から三分以内に応接室にきて。』 (び、っくりした)教室に響いたその放送は酷く簡潔で一方的なものだったけど、私は身体の血がゆっくりと再び循環するような安心感を覚えて。(雲雀さんならきっと事情を知ってるはず)私は寒さも手伝ってか急ぎ足で教室を去った。 * 「失礼しまーす」 ノックの後小さな声でそう言えば中から「うん」という彼の声が聞こえきて、またそれに安堵する。応接室に来るのはそう多いほうでもないけれど、時々彼の仕事を手伝ったりしていたから。ドアをそっと閉めたと同時に廊下との温度差に手足が急激に痺れるように温かくなっていく。(あったかーい)持っていた鞄を入り口近くに置いて大きな机の前に座っていた彼の元へ近づけば、彼は読んでいた書類から顔をあげてこちらをみた。 「あの、雲雀さん」 「なに」 「えーっと今日って学校休みなんですか?」 彼のサラサラとした前髪の隙間から覗く鋭い視線にちょっとだけ躊躇ってから思い切ってそう口を開いた。(なんとなく、雲雀さんに見上げられるのって緊張するかも) 「そうだよ」 あっさりそう返した彼の言葉に内心やっぱり、と思いながらもどうしても附に落ちない。 「それは連絡網で、って事です、か?」 「それ以外に何があるの」 (いやいやいや)若干呆れた視線をよこしてくる彼に心の中で反論。だって私の所にはきてない。たぶん。 「いや、私のとこきてないと思うんですが」 「知らないよ、そんな事。前の人がまわし忘れたんじゃない?」 確かにそう考えるのが普通なんだけど。留守中にかかってきて飛ばされたって考えることもできるけど昨日も今日も家にいた、し。(え、コレいじめ?)いやいやいや。だって前の子も後の子も普通に友達だし。もしかして友達って思ってたのは私だけとかいうオチ・・? 「とにかく折角来たんだから仕事手伝ってよ」 忙しなく動きまわる私の思考を無視して彼はサラリとそう言い放つと返事も何もしていないのに私の前に大量の紙束を置いた。(多い)その量にげんなりしながらこのまま帰るのもなんだかなぁ、なんて。(ま、いっか)しっかり紙束を腕に抱えてソファの前の机にドサリとそれを置くとマフラーをといた。彼の仕事を手伝う時はいつも私はソファの前の机で彼は大きな机で。もはや無意識のその定位置になんだか少しだけくすぐったくなってそっとひとりで微笑んだ。 * 暖房の音と書類の音と時々ペンをはしらす音だけが支配する空間でゆっくりと時間が過ぎていく。彼はしゃべらないし私だけ一方的に話しかけるのも仕事の迷惑になるだろうし、なにより私は彼とのこの静かな空間が結構好きだったりするから。ふたりとも終始無言の状態で黙々と仕事を片付けていく。ふぅ、と粗方片付け終わった紙の束を前に小さく息を吐いてそっと窓の外に視線を移してみた。(まだまだ降りそう)雪はさっきと変わらず静かに降り積もっていく。(まるで誰かの優しさみたいだ。)ふと、そんな事を思って。カタ、と小さく聞こえた椅子の音に顔を向ければ彼が伸びをして立ち上がったところだった。 「帰るよ」 「え。」 (まだ全部終わってないけど・・)だけど彼が帰ると言ったら帰るしかないのもいつものことだ。彼が開けた応接室のドアから外の冷たい空気が流れ込んでくる。それにぶるっと身震いしながら急いでマフラーと鞄を持って彼の後ろ姿を追いかける。(そういえば雲雀さんって歩きかな) 意外にはやく追いつけた彼の背中に向かってさっき浮かんだ疑問を問えば簡潔に「バイク」と返ってきて相手が彼だとわかっていてもやっぱり驚いてしまう。(だってバイクってバイク?)いったい雲雀さんて何歳なんだろう、とかそんな事を考えながら歩いて気が付いたらもう校門近くまで来ていた。 「あ。雲雀さん、私歩きなんで」 「・・・乗ってきなよ」 軽く頭を下げつつそう言った私に返ってきた言葉にまたもや驚きを隠せない。(雲雀さんだからまぁ仕方ないけどさ) 「でも、」 そう言い掛けた私に無言の圧力をおくってくる彼。(なんだろ、なんか嬉しいかもしれない)普段人と必要以上に群れたがらない彼からのお誘いは普通の人に言われる何倍も価値があるように思えて。(雲雀さん、だから)その好意に甘えることにして私はそっと彼の後ろにまたがった。 「しっかりつかまってないと振り落とされるからね」 彼なら本気で振り落としそうな気がして彼の腰に回した腕に更にぎゅっ、と力を込めれば同時にエンジンがかかってバイクは私と彼を乗せたまま道路を走り出した。 ただでさえ冷たい風がうちつけるように剥き出しのほっぺに痛い。髪も風圧や雪のせいで荒れ狂うように大変なことになってる、と思う。寒さと雪のせいでまともに目を開けていられなくなってきつく瞼を閉じた。遮られた視界の中で耳にびゅうびゅう通りすぎる風の音が強く聞こえる。唸るようなバイクのエンジン音も普段は少し煩く感じるものの、不思議と今はその重低音が心地よく身体に響いて。スピードの落ちたのを見計らってそっと瞼を開ければまるで幻想の世界にいるような感覚に一瞬とらわれた。(きれい、だなぁ)寒さのせいで滲んだ涙のフィルターがかかった雪景色にぼんやり目を奪われているとゆっくりバイクが止まった。(信号、か)そのまま彼の背中にほっぺたをつけたままじっと雪を見ていたら、唸るようなエンジン音がふ、っと止んだ。それと同時に少し彼が動いたのがわかってしがみついていた身体をちょっとだけ離して見上げれば彼の黒い瞳が私を見ていた。 「ねぇ」 エンジン音が収まって静けさの戻った道路に彼の低い声がよく通る。それに目で問いかければ彼は少しだけ私を見つめてからまた口を開いた。 「どうして君のところにだけ連絡こなかったのか、ちゃんとわかってるの?」 静かな彼の切れ長の瞳から目が逸らせない。(どうして、)見つめられるままに見つめ返して。突然閃くように頭に浮かんだ「こたえ」に心臓がどきりと音をたてた。 「雲雀さんのせい、ですか・・?」 寒さで震える唇からようやくでた声は緊張のせいもあって不自然に掠れている。(だって自惚れかもしれない、から) 私の言葉に頷くことも否定することもしない彼は、だけどいまだ私を見つめる視線が柔らかいモノであることに私はどうして今まで気づかなかったのだろう。 私は、「こたえ」を見つけてしまったのかもしれない。 雪は、止まない。信号はとっくに青い色を示していたけれどエンジン音はいつまでたっても聞こえてこない。静かな白い街の中心には私たち、ふたりだけ。 「こたえは、見つかったの?」 雪は彼の綺麗な黒髪にちらちら落ちては消えていく。少しだけ夢をみているような感覚の中で、ゆっくり頷いたと同時に近くなった彼との距離に、私は静かに目を閉じた。
amare la compare
(080301如月亜夜)(幸せを、みつけました)(補足:連絡網は雲雀さんの圧力でヒロインちゃんを飛ばすように仕向けていたのでした。愛のちから!雲雀さんは綺麗な雪をヒロインちゃんと一緒に見たかったんですよ、きっと)(雲雀さん、バイク通学じゃなかったらゴメンナサイ;)(amare la compare=君が、好き) |