昼過ぎに起きたら視界の先が真っ白に吹雪いていたから。どこもかしこもあの家の屋根もあの車でさえも綿みたいにいっぱいいっぱい。だからちょっとだけうっかりしていただけなの。 「わー・・・」 ふらりと玄関を開けて外に足を踏み出してみれば風と共に目の前を吹き抜けていく粉雪。起きたてのスウェット姿に髪は軽く梳かしただけの私は家に何にも食べ物が無かったから近所のコンビニまでぶらり一人旅。(ちょっとだけ寒いけど、すぐ近くだし) いつも通学で歩く道が白く染まっているだけでなんだか気分が上がるのはそれが非日常だからだろう。空からとめどなく降り続く粉雪(というより軽い吹雪?)に近いそれはしとどに私の髪を濡らしていく。濃い色のスウェットにも白い雪が染み込んで、染み込んでどんどん冷たくなっていく。(綺麗だなぁ)うっかり口を開けたら入ってきそうなくらいなそれをちょっと恍惚した気分でゆっくり歩きながら肌で感じ取っていた私。なんだけど。 (傘、忘れた・・) 寝起きで頭がぼーっとしていたせいかただ単に考えが足りなかったのかはわからないけど。周りをよく見れば皆傘をさしている。粉雪だから傘無くても大丈夫、だなんて。まだコンビニに着いてもいないのに私の髪からはお風呂に上がりかと勘違いするくらい毛先からボタボタ解けた雪が落ちていく。(ていうか寒い) スウェットには解けきらない雪が白く残っている有様で今更ながらコートを着てこなかったことを心底後悔した。だけどこれも青春の一ページ?なんてポジティブな思考になれる自分に乾杯!とりあえずサクサク、とはいかないまでも着実に雪道を歩いて。いつもより長く感じた道のりの先にコンビニを見つけた。(なんかここだけ世界が違うみたいだ)昼過ぎなのに薄暗い空の下で白い雪が舞う中ぼんやりと光るコンビニ。さっきより軽くなった足取りでそそくさと私は足を進めた。 * 「ありがとうございましたー」 店員の明るい声に見送られながらコンビニのガラス扉を開けるとさっきよりはほんの少しだけ勢いが柔らかくなった(気がする)粉雪が私とともに店内を吹き抜けていく。片手にビニール袋を持ちながらあとは帰るだけだ、と心の中で気合を入れて。(だけどやっぱり楽しくもあるんだ)店内の暖かさのためか服についた雪もすっかり解けて少し重たい。濡れたままの髪を手で弄りながらふと目線を上げてみればそこには見知った顔があった。 「千種?」 口の中で呟くように名前を言ってみたけどたぶん車の車道を走る音とか風の音とかで聞こえてないだろう。 「・・・何してんの」 彼は傘をさしたままそう小さな声で言って(といっても聞こえる大きさだったけど)呆れたように私を見た。今日はいつもつけてるイヤホンないな、とか学校外で会うのって初めてかも、なんて考えに耽っていた私はワンテンポ遅れながら彼の問いに答える。(それにしてもやっぱり外、寒いなぁ) 「馬鹿じゃないの・・」 私が傘を忘れたことを聞いた彼は更に呆れたようにそう言って(ため息のおまけつき!) そっと私の髪についた雪を払い落としてくれた。 「あ。ありがとう」 手袋の感触と想像よりも優しい彼の手つき。(そういえば何処か行く途中なのかな)そう思って意外と近い位置にいた彼を見上げてみれば私の視線に気づいた彼は目の奥で「何?」と問いかけてきた。 「いや、千種どっか行く途中かな、って」 「・・・別に」 そっけなくそう返した彼はすっと私から離れるとくるりと背を向けた。(私も帰らなきゃ)立ち止まっていたせいか濡れてしまったビニール袋の水滴をさっと払って顔を上げればこちらを向いている彼。 「千種?」 今日二回目だな、なんて頭の片隅で思いながら黙ってこちらを見つめてくる彼の意図をはかろうとしてみるけど。そのままアホみたいに突っ立っているとさっき彼が払い落としてくれた髪にも雪がまただんだん積もるように解けていく。彼は言葉が少なくて、勿論私はそんなの別に気にしないけど。もうちょっと私の理解能力があればなぁとは思う。 「風邪ひいてもいいの?」 何かを諦めたような顔で小さく息を吐き出した彼はそう良いながら私に向けて傘を半分さしだしてくれた。彼の吐き出した白い息が空気と混ざって解けていく。反対に私の身体に降り積もっていた雪はピタリと止んだ。 「え・・でも千種どっか行く途中じゃ・・」 「行くなんて言ってない」 ちょっと強引に私の腕を掴んで引き寄せた彼は私たちの真上にしっかりと傘をさして。慌てて私が傘を持とうとしたら更に高く持ち上げてしまった。(彼の、こういう優しさがすごく温かい) 「ごめんね。ありがとう」 「・・・・・」 少し恥ずかしくてくすぐったいけどそれ以上に彼の気持ちが嬉しくて。(だって絶対何処か行く途中だった)髪から垂れた水が肩を濡らしても片手に下げたビニール袋がどんどん濡れていっても、そんなの些細なことでしかない。 まだまだ止みそうにない粉雪の中ぴったり同じ傘の下で。彼が私を気遣って歩調を緩めていてくれることだったり私に気づかれないさりげなさで私の方に多く傘を傾けていてくれることだったり。他愛ない話をしながら(私ばっかり話している気がする、けど)ゆっくり私の心臓が音をたてている。家までの距離はあと少し。早く帰りたいなんてさっきは思ったけど今はまだこの傘の下で彼の体温とか呼吸を感じていたい、なんて。家への距離が近づいていく度に胸がきゅ、っとなるのを感じながらも話すことは止めないで。 「あ、じゃあ、ありがとね!」 家の前でちょっとだけ名残惜しい気持ち抱えて傘の下から抜け出す。相変わらず粉雪は降り止まない。彼の変わらないポーカーフェイスが少しだけ憎らしい、かも。 「・・・・」 「え?何?」 玄関のドアを開けようとした身体を反転させて彼の方を向く。彼はじっとこちらを見て、それから身体を元来た道に向けて口を開いた。 「・・風邪、ひかないように」 それだけ言ってすたすた先を行ってしまったけれど、彼は何も言わずに行ってしまうと思ってたからそれだけでもすごく嬉しい。彼もほんのちょっとでもここに留まっていたかったのかな、なんて自分勝手な想像をしつつ。雪舞う中に消えていく傘と彼をみながらズルズルと玄関の入り口に座り込んで空を見る。 外は吹雪いていてお世辞にも暖かいとは言えないのに私の身体だけは濡れながらもポカポカ温かい熱を伴っていた。 You know
why?
(隣で笑う彼女の笑顔に何だか寒さを忘れていた) (これって恋の、はじまり?)まだ気づいていない気持ち。だけどこの胸の温かさは本物。 (080216如月亜夜)(なぜだかわかる?) |