普段何気なく生活してると気づかないけど、今こそあたしは声を大にして言いたい。









健康って大切!!





















「せんせーい・・」










いつものあたしからは(自分でも)想像できないくらい弱弱しい声が漏れた。何を隠そうここは保健室だ。片手で腹部を押さえながら開いたいつもより重く感じるドア。それをなんとか閉めて、ここにいるであろう保健室の先生に声をかけてあたしはしばらく立ったまま待つ。規則的に痛むお腹はあたしから余裕も精神力もどんどん奪っていく。あーもう先生早く来てよ。そう思いながら奥に意識を集中させるも物音もしないそこは、今この空間にいるのはあたし一人だという事実を無機質に表していた。









「はぁ・・」








仕方が無いので、というよりももう痛みが限界にきそうで立っているのが辛くなったあたしは勝手に一番近くのベッドに腰掛ける。僅かに軋んだそれは清潔そうな色をしている。それからあたしはぼんやりと視線をシーツから天井にうつした。寝たら楽になるかも、という考えが頭を過ぎるが今のところ痛みの感覚のほうが強くて寝れそうにもなく。なすすべもなくただあたしはぼーっとベッドに腰掛けて何の音もしない静かな部屋と微かに漂う薬品の匂いに身をまかせる。何処か遠いところから聞こえてくる喧騒。それに耳を澄ますように目を閉じて。ここはとても静かだ。日常からぼかりと一部切り取られたかのような。今頃教室では退屈な授業がされているんだろうな、なんて先生に失礼なことを考えつつ。

















ガラッ











身近なドアが開く音にあたしはうすく目を開けた。やっと先生が帰ってきたのかもしれない。まぁ、先生がいてもいなくてもこの腹痛はどうしようもない気がするんだけどね。ドアが閉まる音がして、それからこちらに近づいてくる足音と気配。でも何だか先生じゃない?あたしみたいに具合の悪い生徒かな。そう思いぱちりと目を開けて。そこには虚ろな目をした隣の席の降谷君がいた。















「え・・・え・・?降谷、くん・・?」










彼はふらふらと、まるであたしなんて見えていないように(いや、あれはきっと眼中にないよ)あたしの腰掛けるベッドに近いてくる。













「降谷君・・?大丈夫?」










無表情なのはいつもの事なんだけど、なんだかいつもより更に輪をかけてまわりが見えてないような気がするのは気のせいだろうか。彼は小さなあたしの声が聞こえたのかちらりとこちらを見て、それからベッドに倒れこんだ。あたしの腰掛けるベッドに。












「え!?ほんとに大丈夫!?」











彼が倒れた反動で浮き沈みするベッドの上であたしはうつぶせ状態の彼にそう問いかけたのだけど。












「・・・・・」











そこには静かな寝息をたてて寝る彼がいた。倒れこむほど眠かったのか。若干焦ったあたしは安心半分呆れ半分でその彼の顔を見て、その閉じられた瞳にわけもなく胸の高鳴りを感じてしまった。無意識のうちに彼に近づきながら端正な顔に淡い影を落とす睫毛だとか僅かに開いたうすい唇だとかになんだか小さく胸が跳ねるのがわかって、だけどその視線を逸らすこともできない。白いシーツに散乱する艶々でさらさらな彼の髪に思わず手が伸びてしまいそう。すごく指どおりのよさそうな髪だ。いつも思うけど彼は野球部っぽい汗臭さだとか暑苦しさを感じさせない。なんだかいい匂いでもしてきそうな感じ。だけどこうしてじっと見てみるとやっぱり男の子なんだなって。勿論前から男だって意識してはいるけど。入学当初よりもっと体つきが逞しくなったようにも思えて。細いだけじゃなくて、強さも秘めてる。閉じられた彼の瞳がいつ開くかドキドキしながらも目がいまだに逸らせない。なんだろう、もっとこうして彼を見ていたい。もっと彼について知りたい。ぼんやり彼を見つめながら、聞こえてくる穏やかな寝息にいつしかあたしのお腹の痛みも消えていた。




















キーンコーンカーンコーン・・















突如耳に入ってきたチャイムの音にどこか現実に引き戻されたような感覚に陥る。結局先生来なかったし。だけどもうお腹は痛くないし、まいっか。ひとりで頷いていたあたしの視界にはいった降谷君はチャイムの音で目が覚めたのか(これで覚めなかったらびっくりだけどさ)僅かに身じろぐとそっと目を開けた。そういえな彼はあたしの存在に気づいているのだろうか。覚醒したばかりでぼーっとしている彼に向かってあたしはちょっと緊張気味に微笑みながら声をかけてみた。













「・・おはよう」













なんであたしがここにいるのか目が覚めたばかりの彼はその身をおこしながら不思議そうにしてはいたけれど。













「・・・・・うん」












少しだけテンポの遅い、独特な彼の返事にあたしの顔が柔らかく緩んでいく。あたしはこの彼特有の雰囲気が好きだ。彼を取り巻く穏やかな空気になんだか安心する。ゆっくり彼が起き上がって、白いベッドに二人腰掛ける。耳に届く騒がしくなってきた廊下の話し声もここからはまだ遠い。










「寝不足?」










常に日の下にいるというのに白い彼の肌を見ながらそう問いかけてみた。(あ、でも入学当初よりは少し焼けたかなぁ)











「うん」










そう返事を返してきてくれた彼に嬉しく感じるあたしはなんだ。彼に本格的に恋でもしたのかなぁ。それよりも寝不足ってそんなに練習きついのかな・・。そんなことに思いを馳せていたら隣にいた彼がすっ、と立ち上がる気配がしてつられるようにあたしも立ち上がろうとしたら。あまりに急ぎすぎたらしい。足がもつれて思わず転びそうになってしまった。は、恥ずかしい。一気に顔と言わず体内温度が高まっていくのを感じて俯いた顔を上げることが出来ない。


















「大丈夫?さん」







「あっ。うん。平気!」








降ってきたいつもと変わらない彼の声になんだか身体の血が静かに戻っていくのを感じながらなぜだか少しだけ切なくなって。そのまま視線をあたしは下げたまま直に動くであろう彼の靴をみていた。だけどそれは一向に動く気配を見せなくて。どうしたんだろう、と不思議に思ってそっと顔を上げてみるとこちらを見る彼の視線にぶつかった。













「降谷君・・?」










そっと呟いた彼の名が引き金になったように僅かに躊躇ってからこちらに差し出された彼の手・・・?












「え・・・」











頭の片隅にうっすら浮かぶ思考に意識をやりつつ戸惑いながらそう尋ねるように声を出してみたけど、彼の静かな視線からは何も読み取ることができなくて。これはあたしの導き出した思考通りでいいのだろうか。そう思いながら彼の手の上にあたしのそれを遠慮がちに乗せてみる。まるで正常な思考が働かないかのように頭にうっすら霧でもかかっているみたいだ。乗せられたあたしの手を確認した彼はそのまま柔らかく手をひいて歩き出す。いまだにいまいち何で彼と手を繋いでいるのか理解できないけど、なんだろう。胸が高揚する。すごく嬉しくてなんだか舞い上がりそうだ。
















疎らに生徒がいる廊下で、背の高い彼はやっぱり目立つから(しかもかっこいいし)視線は自ずからあたしにも集まるわけで。そんな好奇の視線にこんな風に男の子と手を繋いだ経験のなかったあたしはまた恥ずかしさから下向きになる顔をとめることもできない。そんなあたしにまたもや降ってきた彼の声。(降谷君はいつ話しかけてくるか読めないんだもん)














さん、何だか転びそうだったから」












そう淡々と告げた彼の声の温度はいつもと何ら変わりはないし振り返ってもくれなかったけど。握る手の強さが少しだけ強くなったのがやけに鮮明に感じられたんだ。

















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いまのって ーフ?
(071212 如月亜夜)(あたしもしかしてもう、恋に落ちてる・・?いや、待って!まだセーフ・・なはず!)
お題お借りしました。
配布元:TV