昨日まであんなに暑かったのがまるで嘘のように冷たい雨が地面やあたり一面そこらじゅう降り注ぐ中、憂鬱なため息をゆるゆると鼻から吐き出し傘を広げて足を踏み出した。









Como por encanto









チャイムの音が和やかなお昼の時間の終了を告げる。
いつもの席でいつもの仲間といつものように他愛ない話をして、大しておもしろくもない事にだって手を叩いて大げさにはしゃぐ。それがあたしの日常で、毎日それなりに悩んだり傷ついたりしながらも平和に過ごしていた。だけどそれは同時にあたしの心に何か満たされない空間を造り上げていったのもまた事実で。友人の話に微笑みながら相槌を打っているふりをしながらあたしの思考はどこか遠いところをさ迷っていた。








「次なんだっけ〜」



「たぶん現代文・・」


「うわっ絶対寝るし!!」



そんな会話をしながら自分の席にお弁当箱を持ちながら戻り、次の授業の準備に取り掛かる。確かに授業は退屈だし早く終わらないかと時計ばかり眺めてはいるけれど。あたしは今の席がそんなに嫌いじゃないから、授業くらい静かにしていれば平穏なのだ。


廊下側の一番後ろがあたしの席で。大分肌寒くなってきたこの季節にドア付近は少し辛いけれど、後ろからクラスの皆を見渡せる点では特等席なんじゃないだろうか。大して興味をそそられない教師の説明を聞いているふりをしながら机に頬杖をついて、黒板に目を向ける。いつのまにか記述されていた事柄をルーズリーフにだらだらと書き込むあたしの視界にふと写った男子にしては少し長めの髪をした後ろ姿。あたしから見てちょうど左斜め前に位置する彼は起きているのか不思議なくらいの静けさであたしと同じく頬杖をついて机に視線を落としている。眼鏡の奥の下向き加減の睫毛の先にぼんやりと目を奪われて、シャーペンを緩く握りながら時折微かに振動するそれをただ眺めていた。


普段の彼にこの表現は不適切な気がするけれど、今の彼を例えるなら「綺麗」とか「神秘的」なんて言葉が一番ぴったりだと思う。


視線で彼の睫毛の先から瞼へと輪郭を無意識になぞっていたあたしは、それがパッとこちらを向いたのに一瞬反応できなかった。彼が僅かにその目を丸くしたのがわかる。あたしはなんと弁解していいかわからずに、だけど今更視線を逸らすこともできなくて、何度か瞬きを繰り返しながら眼鏡の奥を見つめ続けた。

急にふっ、と見つめる先の視界が柔らかい弧を描いたかと思うと悪戯そうに笑った彼が目に飛び込んできた。




(何?)



口元に笑みを湛えたまま口パクであたしにそう尋ねてきた彼に我にかえりながら小さく首を横に振る。そうしてそのまま視線を彼からルーズリーフに落として、だらだらと書き綴った自分の字をぼんやり目に写した。




彼、御幸一也とは一年の時から同じクラスで。特別仲がいいわけではないけれど、席が近くなった今は割とよく話す関係になっていた。彼との会話は楽しいし、よく笑ういいヤツだと思う。外見もかっこいいと思うし。ただ時々笑った顔の奥に何か別の感情を潜めているようにも感じる。何というか人当りはいいんだけど、本心は見せない、まるで仮面をかぶっているみたいで。時々それに胸が微かに疼く気がするんだけど、人間なんて皆そんなものなんだろう。



今が楽しければいい。平和に穏やかに、それでいて楽しければいいんだ。気の許せる友人とだらだら話しているのが今のあたしに一番あっているんだと思う。恋愛に興味がないわけじゃない。だけど友人関係でさえ億劫になる時もあるのに恋愛なんてしたら更に大変そうだ。



ぬるま湯のように流れていく時にただ身を任せて毎日生きていく。




いつのまにかあと授業が数分で終わる時刻になっていた。また記述の増えていた黒板を書き写しながら視界に入る後ろ姿から故意に目を逸らして。


ふと視線をやった先の窓の外は雨が上がったにも関わらずまるで今のあたしの心境のようなすっきりとしない灰色をしていた。













(071002 如月亜夜)(退屈、なんて贅沢な悩み。)