今日の空も何だか一面真っ白で、また雨でも降り出しそうだ。




湿った割りと涼しい空気の中を少し早足で歩く。目にかかる前髪が少しうっとおしく感じた。














Como por encanto













連日予習や復習やらでベッドに入るのが1時を過ぎてしまう。その為朝携帯の目覚ましをかけても気が付かない程で。制服のスカートを忙しなくはためかせながらひとり人の少ない歩道を歩く。携帯でもう一度時刻を確認して軽く安堵の息をつき、少し歩くスピードをゆるめた。寝坊するなんて朝からついてない。そっと地面に視線を落としてまた軽く鼻から息を吐き出すとだらしなく肩にかけていた鞄を持ち直し校門をくぐった。




?」





昇降口に向かってのろのろ歩を進めていたあたしの耳を聞きなれた声が掠めて、それを誰の声か脳内で照合する前に反射的に振り返っていた。





「おはよう」



「おお」




白い空の下に立っていたのは同じく白いユニフォームを軽く土色に染め、かぶっていたであろう帽子を手に持ち扇ぎながらこっちを見ていた御幸だった。朝錬の帰りだろうか。額に浮かぶ汗が練習のきつさを物語っているようだが、当の本人は涼しい顔に笑みを浮かべている。





「朝錬?お疲れ様ー」




尊敬と労いの意を篭めながら口をついてでた声は自分でも気づかないくらい自然な柔らかさをもっていた。少しあった彼との距離は汗を袖口で拭いながらこちらに近づいてきた彼によってすでにお互いの顔がはっきりと見える近さだ。




「お前いつもこんくらいに来んの?」




濃い縁取りの眼鏡から覗く瞳は相変わらず何か隠しもっているような、単純な好奇心の裏に張り巡らされた深い感情の上に何重にも薄い布でくるんだ印象を与えるが、それがそんなに気にならないのは状況が特質だからなのだろうか。一度ゆっくりと瞬きをしてからその考えを断ち切るように口を開いた。





「いつもはもっと早いんだけど。今日起きられなくて」




なんとなく引け目を感じながら言い切った言葉とともに薄く微笑む。予鈴を告げるチャイムの音が空間を静かに裂くように空間を揺らした。




「やっべー。俺着替えてこなきゃじゃん!」



予鈴を耳にした彼は若干焦ったようにそう言うと手にしていた帽子をかぶって確認するように校舎脇の時計に目をやる。




「あっ。じゃあまた後でね」



そういえば彼は寮生活だったな、などと頭の片隅に思い浮かべながら自分も時間ギリギリだった事を思い出し昇降口に身体を半分向けながら軽く頭を傾けて足を踏み出す。




「おー」




気の抜けた声音に少々の焦りを含んだ彼の声を背にあたしは教室へと足を進めた。











ちょうど本令が鳴り響いたと同時に教室にたどり着いて、階段で上がった息を整えながら自分の席につく。体力のなさを感じながらよみがえるのは今さっき別れた彼の姿で。彼が野球をしている事は随分前から知っているし彼自身から話を聞いたこともある。だけど実際練習風景を見たことがなかったから、当然ユニフォームに身を包んだ彼を見るのも初めてで。そんなに短い付き合いでもないのに。あたしは結構彼とは話をするほうだとは思っていたけれど、よく思い起こせばあまり彼自身については知らないのかもしれない。




朝礼に彼が間に合うのかどうか無意識のうちに考えながらあたしの頭には白いユニフォームと流れる汗を拭う彼の姿、じっと合った強い色を秘めた瞳が淡くちらついていた。












睡眠時間が極端に少ないせいか眠くて仕方がない。授業特有の生ぬるい静けさが心地よい刺激となって落ちてくる瞼を開くことが困難だ。次第に飛び飛びになる教師の声と前後に揺れる身体に諦めて本格的に寝る体勢に入ろうと机に広げた筆記用具やらを片付けようと手をのばす。すべて引き出しにしまってまっさらになった机に身体を預けようとした時、こちらをちらりと見つめる視線に気が付いた。朝礼の途中に間に合った彼はその後も寝ているようで起きながら授業を受けているみたいで。その体力をわけて欲しい。ぼんやり霞がかった頭でそんなことに思いを馳せながら疑問の眼差しをおくってみる。






カサッ





「・・?」






あたしの疑問の眼差しを受けた彼は口角を僅かにあげて微笑むと折りたたんだ紙を投げてよこした。微かな音をたてて机に着地したそれに考えるよりも先に手がのびて、ちらりと上目つかいで教師の姿を確認しながら何気ない動作でそれを開く。






(今日暇だったら練習見にくれば?)






一度文面を辿った後にもう一度確認するように文章を反芻して。怪訝そうな表情(をしているであろう)で彼に視線を送った。あたしの動作を眺めていたらしい彼はこちらの反応をまっているようだ。何で、と口パクで言おうとしたがそれを引っ込めて軽く開けた口を緩く結ぶ。意図なくわざわざ授業中に言うことではないはずだが、意に反して思い当たるような節がない。しいて言えば今朝初めて見た彼の野球部としての顔に興味を持ったことぐらいで。その興味も単なる好奇心だとは思うが結局暇と言えばそうであるし、退屈しのぎになるかもしれない。そんな考えに至ってさっきとは違う心持で再び口を開いた。






(いいの?)





あたしの口の動きを読み取った彼は一瞬驚きの色を見せたようにも見えたけど、すぐににんまり笑うと軽く斜め後ろを振り向いたままの状態で小さく顎をひくように頷いた。普段見慣れない角度だからかはわからないけれど、茶の色をした前髪が少し彼の表情に影をつくるようにかかっていて。その下に位置する眼鏡にも淡い陰をもたらしていた。影の中から除く瞳も笑みを湛えていたように思う。









いつのまにか前を向き直っていた彼の後ろ姿をまだ緩く眠気の残る中見つめながら。











心臓が平常よりも早く脈打って感じるのは彼の行動があまりにも不意打ちだったせいだ。





今度こそ寝ようと考えながら、それでも自然と瞳にうつるのは頬杖をついた彼の後ろ姿だった。















(071005 如月亜夜)(御幸の話し方がいまいちわからん。。)