自分の気持ちが見えないなんて、本当の気持ちを誤魔化すための詭弁でしかないのだろうか。答えはあたしの中にもう用意されているのかもしれないけれど、それに向き合うだけの勇気がない。すっきりとしない気持ちで見上げる空はどんなに綺麗に澄んでいても、あたしの心には響かなかった。












Como por encanto














学校生活というものはほとんどが人間関係で成り立っているように思う。だから一度それが崩れると、すべての調子が狂ってくるようで。午前、静かに授業が進行される中で手に持ったペンはさっきから一ミリも動いていない。授業内容を頭に入れようとしても思考回路は自然と御幸のことを考えだしてしまう。











嫌いなわけじゃない。頭で何度も反芻してきたその言葉をまた繰り返して。嫌いになったわけじゃない。だけど、身体が、頭が彼の前になるとギクシャクして。目が合わせられない。合わせるのが怖い、といったら変かもしれないけど話をする時でも顔は自然俯いたり、視線は別の方向をさまよってしまう。嫌いじゃないのに。勘の鋭い、というかそういう人の気持ちの機微によく気づく彼は当然あたしの微妙な変化も感じ取っているみたいだ。それでいて、いつもどおり振舞っていてくれて。自分の気持ちがぐちゃぐちゃに混沌してるあたしは、そんな彼に申し訳ないと思いながらもどう行動していいのかわからなくて、さらにぎこちなくなってしまうのだ。










鼻から静かにため息を吐き出す。空気と一緒にこの胸のもやもやも流れていってしまえばどんなに楽か。もう何も考えたくない。すべて無かったことにして、今まで通りの態度で接しようと思っても、もう今までどんな風に彼と話してきたかなんて忘れてしまった。もう、駄目なのかもしれない。何度もそう思いかけては心で打ち消す自分もいて。どれが自分の本当の気持ちで、あたしは何を望んでいるのか。出口の見えない思いから無理やり頭を逸らすように強くペンを握り直した。


























誰とも会話する気になれない。友達とも必要最低限の話程度しかしてないように思う。最近笑顔をつくるのに疲れてきて。そういえばここ数日心から笑っただろうか。俯いて歩くと何だかさらに気持ちが暗くなるような気がして、半ば強引に上を向いた。午前は晴れていた空も夕方になってどこか雨が降り出しそうな陰鬱な色をしている。あたし、どうすればいいんだろう。ひとり心で呟いて、ぎゅっ、と唇を噛み締めた。



























最近になって聞きなれてきた声に立ち止まって声がしたほうを向く。その声がいつも聞く声よりも何だか真剣な色を含めていて。活発な彼しか知らなかったあたしは僅かに目に驚きを見せていたと思う。










「・・倉持、くん」










もう放課後で、彼は部活があるはずなのにまだ制服を着たままだった。あたしを見つめる目にはおどけた色なんてカケラも見当たらなくて、そんな彼の雰囲気に圧されたように口からは乾いた声しかでない。










「どうしたの?」









あたしに声をかけたまま何も言わずに立ち尽くす彼にそう問いかけてみて。静かすぎる沈黙が、遠くから聞こえる喧騒と対照的で。そんな事をぼんやりと考えながら生温い風が彼のゆるゆるのネクタイと、あたしのスカートをふわりと揺らした。














「お前・・あいつと何かあったのかよ」






「・・・・・・」









彼が低くそう漏らした「あいつ」が誰のことをさしているか瞬時に理解した自分に反射的に小さく眉間に皴がよったのを感じた。何かあった、なんて。わからない。きっと具体的には何もなかった。何かあったとしたらそれはあたしの気持ちの変化がもたらしたもので。














「何かあったわけじゃないけど・・」









また渦巻きだした自分の胸の内が憂鬱でしかたない。倉持くんから目を逸らしてそう呟いたけど、空気から納得していないのが伝わってくる。何かあったんじゃない。ただ、あたしが怖がりなだけなんだ。











「最近全然話してねぇだろ」








「・・うん・・」









少し怒った風な倉持くんの声に身体が微かに縮こまる。確かに最近はほとんど話してない。朝錬は見に行ってるけど、彼の姿を見ても目を逸らして視線が合わないようにして。彼はきっとあたしが彼を避けているように感じてるだろうし、あながちそれは間違ってはいないのだけど。何だろう。離れれば離れるほど彼があたしを嫌いになっていないかなんて。行動を起こしたのはあたしなのに、今度は近づくのが怖くなる。さらに避けて、姿を視界にいれないようにしてる。悪循環だってわかってるんだけど、もうどうしようもなくて。












「御幸が嫌いなわけじゃないの。だけど、なんかもう・・近づくのが怖い」






「御幸と親しくなればなるほど何考えてるのか気になって・・」






「あたし、どうすればいいのかもうわかんない・・御幸だってきっとあたしのこと嫌いになってるよ・・」











遠くから聞こえる部活動の声やどこからかきこえてくる楽器の音に視線をむけながらそう言って。倉持くんはそれをずっと黙ってきいていてくれた。今まで誰にも言っていなかった気持ちをつい最近親しくなった彼に話しているのが何だか不思議だ。まだ自分の中で燻っている思いはあるのだろうけど、それをなかなか言葉としてあらわすことができなくて。少しもどかしい思いを抱えたまま時折通り過ぎる風を肌に感じてじっと彼の言葉を待つ。












「・・・あいつは大丈夫だろ」







「・・・・?」








少しの沈黙の後ぼそりとそう呟いた彼の言葉に顔を向けて、一緒に首も傾けてみる。大丈夫って?何が大丈夫なのかもっと具体的に言ってほしかったけど、あたしが疑問の眼差しを向けると倉持くんはすっ、とそれを逸らしてしまった。














「悩んでばっかいねぇでぶつかっていったらいいんじゃね?」












最後に彼はそう言うとグラウンドのほうへ消えていった。それでもそう言った彼が少し照れたように目を伏せていたのが見えて。彼なりにあたしのことを心配して言ってくれたのかもしれない。御幸に距離をおいたのはあたしだけど、彼との接点がまったくなくなってしまうのは嫌で。倉持くんというあたしたちに共通の友人の存在に何だか少し心の鉛がとれたように感じた。














御幸、いい友達いるじゃん。他人に本心を見せない彼だけど、ちゃんと理解してくれる人もいるみたいで。









「ありがと」








もうすでに姿の見えない倉持くんに声にはださずに唇の形だけでそう呟いた。










もう少し悩んでみるのもいいかもしれない。重たい空の隙間からいつのまにか差し込んでいた眩しい光を見つめながらそう心で呟いて足を踏み出した。



















(071011 如月亜夜)(悩んでも悩んでも、答えが見えなくて。だけどもう少しだけ、がんばってみてもいいかも、なんて。)